基源:ヨモギArtemisia princeps Pampanini,ヤマヨモギArtemisia montana Pampanini(キク科Compositae)の葉及び枝先

 艾葉は『名医別録』に「味苦,微温,無毒。灸をすえることにより百病を主治し,煎じて用いれば,下痢,吐血,下部のチク瘡,婦人の漏血を止め,陰気を利し,肌肉を生じ,風寒を退け,人に子をつかわす。一名氷台,医草。田野に生じ三月三日採集後,暴乾し煎じて作る」と初収載され,古来,艾葉で灸治療が行なわれてきたことがうかがえます。原植物のヨモギの下面の綿毛を集めて「もぐさ」が製されます。

 採集時期について,『名医別録』では三月三日とされますが,梁代の『荊楚歳時記』では五月五日の鶏が鳴く前に採集するとされています。『図経本草』では三月三日と五月五日,李時珍は五月五日としています。また,『中華人民共和国薬典2005年版』では,夏季の開花前と規定されています。

 採集時期が異なると何が違うのか,1998年,日置らにより自生品艾葉の香気成分における季節変動が報告されました。4月上旬,4月下旬,8月に京都市伏見区で採集された艾葉および市場品艾葉を試料として,ヒトによる嗅覚試験と封管法により分離された香気成分の分析・同定が行われました。

 嗅覚試験の結果,4月上旬採集品は青臭い・生臭い・艾の香りは弱い,4月下旬採集品は若葉の匂い・艾の香りがある,8月採集品では艾の香りが強い,と認識されました。さらに,GC/MSのスキャンモードでの分析の結果,試料間においてピーク特性に相違が見られました。4月上旬採集品に見られたピークから複数のピラジン環を持つ化合物,ピリジン,ピリミジンなど含窒素異項環化合物10成分が同定されました。一方,4月下旬採集品と8月採集品,市販品においては,確認された含窒素異項環化合物は2あるいは3成分のみであり,4月上旬採集品には見られなかった保持時間位置に共通して大きなピークが見られ,それはモノテルペンと同定されました。

 採集時期によって異なる香りの違いは成分組成の差によるもので,それはヨモギの生長に伴って,ピリジンやピラジン環を持つ化合物が減少して青臭さや生臭ささがなくなり,テルペノイドの増加によって艾葉の香りが次第に強くなるためのようです。

 艾葉の良品については,『図経本草』中に「(採集後)久しく歳月を経た古いものを用いるべし。」との記載が見られます。李時珍は「艾葉を用いるには,久しくおいた古いものを修治して用いねばならない。・・・新鮮な艾を灸に用いると筋脈を傷つける。」とし,『大和本草』では「モグサは嫩葉がよく,三月三日に採集したものが上品であり,茎が長くなりすぎたものは力がなく,茎が短く若いものが良い。次いで五月五日に採集したもの・・・調整後三年を経たものを用いるべきである。」としています。また『本草蒙筌』では,「煎じるものは新鮮なものが良く,灸にするものは陳灸のものが良い。」と,用途で新旧の違いを記載しています。三月三日と五月五日のどちらが採集に適しているかは,種によって花期や分布が異なるため一概には判断できませんが,灸に用いるには,調製直後のものよりも古くなったものを用いるべきであることは確かなようです。

 その他,『食療本草』には「艾の嫩葉を取って菜にして食し,あるいは・・・・一切の鬼,悪気を治す。長きに瓦って服すれば冷痢を止める。」とあり,『和漢三才図会』には,「艾の嫩葉に米粉を和して草餅を作ることを上巳の日の恒例となす。・・・一切の悪気を避ける・・・」とあり,嫩葉は食用に利用されるとともに魔よけにされたことも窺えます。

 ヨモギの独特な臭いに魔除けの力があるとされ,呪術や治療に用いられてきた歴史は日本の各地に残っており,桃の節句のヨモギの菱餅や,端午の節句にショウブと一緒に軒つるしたり,また布団の下に敷いたりと多く見られます。

 李時珍は「老人で丹田の気が弱いもの,臍腹に冷を畏れるものには熟艾(古い艾葉)を布袋に入れたもので臍腹を覆い温めれば効果がある。寒湿脚気にもやはりこれを足袋の裏に挟むのがよい。」と記載しています。このように身近でだれもが簡単に利用できる方法は,もっと見直されるべきだと思われます。

(神農子 記)