基源:ハマボウフウGlehnia littoralis Fr.Schmidt. ex Miquel(セリ科Umbelliferae)の根および根茎。

 ハマボウフウGlehnia littoralis Fr.Schmidt. ex Miquelは海辺の砂地に生えるセリ科の多年草で,1〜2回3出複葉の葉が数枚地面に張りつくように広がり,厚くてつやがあります。根は牛蒡ほどの太さで分岐しながら深く地中にのび,長いものでは1mにも達します。複散形花序は高さ30〜40センチほどになり,全体に白毛で覆われていて,花の時期には緑の葉に栄えてよく目立ちます。秋に実る果実はウイキョウなど他の薬用セリ科植物に比してはるかに大型です。現在ではその果実を蒔いて育種栽培された若い葉が日本料理の刺し身につまとして添えられますが,昔から食用野草として知名度が高かったようで,八百屋防風の別名もあります。また,野菜として利用され,葉柄が赤みを帯びることから,珊瑚菜とも呼ばれてきました。当時は野生品が利用されていたようです。また,ハマオオネとも称されることから,根の太さも特徴的に評価されていたことがうかがえます。海岸にしか見られない植物ですが,古来身近な植物として知られていたようです。

 薬用としては,根を陰干ししたものが我国で民間的に感冒薬として,発熱,頭痛,咳などの症状に用いられ,そのほかにも神経痛,リウマチ,肩こり,関節痛などに用いられてきました。また,漢方生薬「防風」(現在市場品の原植物はセリ科のSaposhnikovia divaricata)の代用品としても利用され,『日本薬局方』には1891年の第2版以来収載されてきました。

 ハマボウフウは,我国では民間薬として利用され,また漢薬「防風」の代用品とされますが,中国医学では外皮を去った根を「北沙参」また単に「沙参」の名称で,滋陰薬として肺熱を清解し,肺陰を養い,また熱病傷津(熱により体内の水分が枯渇した病態)による口渇などに応用されます。

 沙参は,『神農本草経』の上品に収載された生薬で,『本経逢原』(1695年)に「北のものは質が堅く性が寒,南のものは質が虚して力が微である。効力は同じだが力は劣る。」と,北の沙参すなわち北沙参に関する記事が見られます。現在の『中華人民共和国薬典』ではハマボウフウの根に由来する「北沙参」と,キキョウ科のツリガネニンジンAdenophora triphyllaの根に由来する「南沙参」を別生薬として収載しています。両者の薬効的な相違点として,北沙参は特に養陰に働き,南沙参は去痰に優れているとされます。

 沙参について,宋代の『図経本草』に掲載された3つの付図中,葉の形態,花のつき方などから2種はキキョウ科植物,1種はセリ科植物と思われ,この混乱は古くからあったようです。

 一方,防風の原植物として考えると,ハマボウフウとボウフウはともにセリ科植物であるという共通点はありますが,ハマボウフウには防風が本来担うはずの解表作用が期待されず,多くの関連書物に見られるように,防風の代用品となりうるかどうかは疑問です。沙参の原植物も混乱していることから,薬効との関連を含め,今少し検討が必要だと思われます。

(神農子 記)