基源:ゴマSesamum indicum L. (ゴマ科Pedaliaceae)の成熟種子

 ゴマの原産地は熱帯アフリカのサバンナ地帯とする説とスンダ列島(インドネシア)とする説があります。前者の説をとると,紀元前1万年頃にサバンナ農耕民族から伝播し始め,当初はエジプト,メソポタミア,インダス川流域,黄河文明社会などで利用されたとされます。後者の説では,先ずインドへ伝播し,メソポタミア,エジプトへ伝播したとされます。古くから種子が食用,薬用にされ,もっぱら種子を絞って得られる油を食用,外用,灯明用などに利用してきました。また,枯れた茎は燃料としても利用されたことが容易に想像されます。種子が小さく,利用価値が高く,栽培も容易であったためでしょうか,伝播速度も速かったようです。

 ゴマは油用の栽培植物として最も歴史が古いものとされています。種子に含まれる油分は50パーセント前後で,種子油として最大の含有率です。薬用としてもこの油が利用され,インド伝統医学(アーユルヴェーダ)でも古くから薬用に供され,チャラカサンヒター(チャラカ本集:紀元前1〜2世紀)に便秘や発疹に利用されると記載されています。アーユルヴェーダでは現在でもゴマ油は体内の毒素を排出させるためのマッサージに使用されることで有名です。その他,痛風時のハップ剤,痔,疥癬の外用薬として,また神経性疾患に内服されるなど,アーユルヴェーダを代表する重要な生薬であるとも言えます。

 中国への伝播は紀元100年頃とされ,『神農本草経』にすでに掲載されていますので,食用としてよりは薬用として伝播した可能性が高いように思われます。同書の上品に「胡麻子,味甘平。消化器系の不調による虚羸を主治し,五内を補い,気力を益し,肌肉を長じ,髄脳を充たす。久しく服用すれば身を軽くし,老衰しない。」とあり,『名医別録』には「筋骨を堅くし,金瘡を治し,痛みを止め,傷寒温瘧によって大吐した後の虚熱や羸困を治療する。耳目を明るくし,飢や渇に耐え,年を延す。油は微寒で,大腸や胞衣不落を利す。生のものを瘡腫に摩し,また禿に髪が生じる。」と記載されています。

 現代中国医学では胡麻子は補益薬中の滋陰薬に分類され,脾,肺,肝,腎に入り,肝腎不足による早期白髪,頭のふらつき,目のかすみ,耳鳴り,肢体のしびれや腸燥便秘などに用いられる生薬とされ,老人性疾患に用いられる機会が多いようです。陶弘景は「胡麻は八穀の中で最も優れており,純黒のものを巨勝と名づける。」と記載しています。胡麻子には黒,白,金(赤)など異なる色がありますが,薬用には黒いものがよいことが窺えます。やはり腎経に入ることに関連したものでしょうか。

 古来,胡麻の形態に関する記述は様々で,「茎が四角いものを巨勝,丸いものを胡麻という」,「角が八稜のものを巨勝,四稜のものを胡麻という」,「種子の色が赤く味酸渋のものが真物」,「葉に両尖あるものが巨勝である」,などの説があり,このことから多くの異物同名品があったことが窺えます。中には充尉子や黄麻子や大藜子などを胡麻として販売する不徳な業者もあったようです。胡麻の形態に関する様々な説に対して李時珍は,「土地の肥・瘠により同じ種でも大きさは異なり稜の数や種子の数は異なる,また葉の形態は一様ではない」として,形態で区別することは誤りであるとし,さらに「胡麻には早い種,遅い種があり,茎は四角形で白色あるいは紫色の花を開き,節節に角を結ぶ。種子には黒,白,赤の三色がある。中でも黒く大きいものに対しては巨勝という別名が与えられていた」と記しています。栽培の歴史が古いだけに,ゴマには多くの品種が生じたものと考えられます。

 いずれにせよ,炒った時の独特の香りは他の類似生薬にはない特徴で,当然鑑別に利用されてきたと思われますが,不思議に本草書には記載がないようです。

(神農子 記)