基源:ラッキョウAllium chinense G.Donユリ科(Liliaceae)の鱗茎を湯通しして乾燥したもの

 薤白は,日本薬局方には収載されていません。『中華人民共和国Allium macrostemon BungeノビルおよびA.chinense G.Donラッキョウの鱗茎を夏と秋に採集し,洗浄後,蒸すか茹でてから乾燥すると収載されています。

 薤は『神農本草経』中品に「味は辛。金瘡や瘡敗を主治し,身を軽くし,飢えることなく老に耐える」と収載されました。また『名医別録』には,「味は苦温で,無毒。骨に帰す菜芝である。寒熱を除き水気を去り中(胃腸)を温め,結を散じ,病人を利す。諸瘡の風寒に中ったものや水腫にこれを塗る。魯山の平澤に生ずる」と追記され,内・外用されていたことが窺えます。薬用部位については,『図経本草』に「青い部分を去り,白い部分だけを用いるべきものである。白い部分は冷だが青い部分は熱である」と記され,このことから地上部を除き,白い鱗茎のみを用いることがわかります。生薬が薤白と呼ばれる所以です。なお,『新修本草』には「薤には赤白の二種があり,白は補い美味しく,赤は金瘡や風苦を主治し,無味である」と記載され,やはり古来白いものが好まれていたようです。

 現代中医学では,行気薬に分類され,通腸散結,下気行滞に働き,とくに「胸痺の要薬」とされます。配合処方として,『傷寒論』に収載されている,胸痺して痛みが心,背に徹するのを治す「括樓薤白白酒湯」などがよく知られています。また,単味で用いる方法として,李時珍は種々の文献を引用して,中悪による卒死に薤汁を鼻中に潅入すること,霍乱嘔吐が止まない時は水で煮て頓服すること,また犬などに噛まれたときには搗汁を内服し,塗布すると効果があることなどを記しています。内・外用するという点では古来の薬効が踏襲されてきたと言えます。

 Allium属植物,いわゆるネギの仲間は世界に約400種が知られる大きな属で,昔からニンニク,ニラ,ラッキョウ,ネギ,タマネギ,アサツキなど,様々な種類が香辛料(薬味・スパイス)や薬用にされてきました。中でも中国ではラッキョウの他にも,ニンニクは大蒜,ニラは韮菜子,ネギは葱白の生薬名で薬用にされてきました。これらのネギ類はその独特の臭気から葷菜といわれ,共通して化学式の中にSが入ったアリル化合物を含有しており,これが薬効にも関与しているとされます。

 ラッキョウは中国原産で,日本へ渡来した正確な時期は不明ですが,平安時代の『和名本草』には和名於保美良(オオミラ)と記されています。江戸時代になって,『和漢三才図会』,『用薬須知』,『一本堂薬選』など種々の書物に記載が見られるようになり,「歯音ありて気味面白きもの」と江戸時代の庶民の間では漬物のほかにも,煮物としても食べられ,親しまれていたそうです。また,このころには広く栽培されていたことが知られて居ます。瘠せた土地でも生育し,砂丘地での栽培も可能であることなどから,今では福井県三国町や鳥取砂丘で産したラッキョウが有名です。

 さて,ラッキョウの酢漬けといえばカレーライスにつきものですが,ルーツの異なる両者がどのような経緯で結びついたのか不思議です。実に相性がよさそうですが,これにはラッキョウの胃腸を温める作用が関係しているのかも知れません。カレーの香辛料の多くは身体を冷やすので,激辛カレー等を食すると胃を害することが多いですが,ラッキョウがこれを防いでくれていることも考えられるわけです。

 余談ですが,ラッキョウは小粒のものほどカリカリとして美味で,値段も高くなっています。これは,実は大きなラッキョウは栽培2年目のもので,3年目になると鱗茎が小型化してより美味になるからで,すなわち,小型のものは栽培年数が長いと言うことです。もちろん,小さいだけに加工に手間もかかっています。

(神農子 記)