基源:ヒグマUrsus arctos L.もしくはその近縁動物(Ursidaeクマ科)の胆汁を乾燥したもの。通常は胆嚢にはいった形で出回っている。

 熊胆(俗称:くまのい)は家庭薬原料の高貴薬として知られています。熊の薬用については『神農本草経』の上品に「熊脂」の記載が最初です。「熊胆」の記載は唐代の『新修本草』が最初で,中国では古来伝染性の熱病による黄疸,暑期の長期にわたる下痢,などの治療に用いられてきました。昨今の中医学では清熱薬に分類されています。

 熊はわが国にも棲息しており,わが国でも古くからヒグマやニホンツキノワグマに由来する国産品が利用されてきました。その採集時期や食餌の違いなどから,熊胆の色が大きく異なることが古くから知られていました。一方,高価な薬物でもあり,偽物も多かったようです。一色直太郎氏は熊胆の良品の条件として,純苦味があって雑味がないもの,漆黒色で光沢のあるもの,すこし焦げ臭く,血腥い気味や腐敗した臭気のないもの,などを記しています。また「琥珀のように透明で黄赤色を呈する光沢あるもの」も良品とし,一方「外皮が煤色で黒く,内面も黒く光沢がないものは偽品であり,苦味が淡く,嫌味があるものは,黄連,黄柏,センブリなどが加えられており,中味を取り出して破砕したものの多くは偽品である」と,偽品の見分け方についても論述しています。

 熊胆に偽品が多かったことは中国においても同様であったようで,『図経本草』には「偽品が多く,粟粒ほどを水中に投じると一筋の糸のようになり散らなければ真物である」と検査方法が述べられています。現在でもこの方法はかなり有効なようです。

 熊胆はわが国では麝香や牛黄と並ぶ動物生薬として,主に家庭薬原料として用いられてきました。その麝香は現在はワシントン条約で厳しく輸出が規制され,一方の牛黄も昨今の狂牛病騒ぎで取り扱いに慎重さが求められてきています。熊胆も,原動物を殺して採取していたことから動物愛護や資源保護の問題が取りざたされ,ワシントン条約に基づいて,中国では1987年に国家重点保護野生薬材品目の二級に指定されました。また,その2年前に出版された1985年版の『中華人民共和国薬典』からは熊胆が削除され,代わりに2000年版に猪胆末が収載されました。

 中国では自然保護を目指して,最近では熊胆採取用のクマの養殖が始まり,成獣の腹部に穴を空けて胆管に管をつなぎ,殺さずに胆汁のみ採取するという方法が開発されました。1日1回40ml〜50mlの胆汁の採取が行われているようです。殺して胆嚢を採取した場合には,乾燥量でツキノワグマ1頭から得られる量は15g〜20g,ヒグマで200gほどですから,養殖熊からの胆汁採取はかなり高能率であると言えます。品質的には,胆嚢中の胆汁と胆管中の胆汁の成分を比較した時の両者の胆汁酸の組成やアミノ酸は同様であるとされています。一方,飼育熊から得たものは夏期になるととけてしまう,との報告もあります。熊胆と他の動物の胆汁との決定的な違いは,熊胆は乾燥すると固体になると言う点です。牛胆や豚胆など,他の動物胆は決して固化しません。やはり,飼育によるストレスで成分が微妙に変わっているのでしょうか。

 人工飼育により,資源保護的な問題は解決されましたが,熊を狭い檻に入れて飼うことは動物愛護の面から問題があり,かといって,自由に動き回れる広い檻では,胆汁採集時に管を取り付けるのに手間がかかるなど,種々不便な点もあります。今後解決すべき問題点でしょう。

 わが国でも,有害獣として駆除される個体だけではとても需要をまかないきれません。近年は豚胆など他の動物胆で代用されることが多くなっているようです。熊胆の特徴の一つに吸湿性がなく,粉末になって調剤しやすいと言うメリットがあります。今後は,薬効的なことをも考慮し,また調剤方法を検討するなどして,代用品の開発研究が進むことが望まれます。

(神農子 記)