基源:亀板はクサガメChinemys reevesii Gray(カメ科 Emydidae)などの腹甲。鼈甲はシナスッポンAmyda sinensis Wiegmann(スッポン科 Trionychidae)の背甲または腹甲。

 「鶴は千年,亀は万年」。他の動物に比して齢(よわい)が長いといわれる鶴と亀は,ともに古来めでたい動物として尊ばれてきました。中でもカメの仲間は薬用にも利用され,その滋陰の作用はまさに長寿を望むものにふさわしい薬物と言えます。

 カメの仲間は背面と腹面に甲羅があり,頭,四肢,尾のみを外に出した特異な体形をもつ動物で,脊椎動物爬虫綱カメ目に属し,生薬としては,「亀板」「鼈甲」「玳瑁」などが知られています。中でも,「亀板」と「鼈甲」は『神農本草経』のそれぞれ上品と中品に収載されている薬物です。

 亀板は「亀甲」の原名で収載され,「漏下赤白を主治し,体内の腫れ物やしこりなどを破り,五痔,陰蝕,湿痺,四肢の重弱,小児の頭骨の接合しないものを治す。久しく服すれば身を軽くし,飢えることはない。一名神屋。」とあります。「亀甲」という名称からは背甲が薬用に供されたように考えられますが,歴代の本草書中にはとくに背甲が使用されたという記載は見られません。陶弘景は「水中の神亀を用い,長さ一尺二寸の者がまさに善い。(甲羅は)卜占に用いるにもよく,薬用にもよい。また仙方に入れるにはこれを用いる。用時は醋で炒る。生亀で羹を作れば大補する。」などと記しています。『中華人民共和国葯典』では,1985年版までは「亀板」の名称で亀の腹甲のみを収載していましたが,1990年版からは名称を古来の「亀甲」に変え,腹甲に加えて背甲をも規定しています。市場の実情を反映した結果であると思われますが,昨今の主たる中国市場を見る限りは,亀板の名称で腹甲のみが利用されているようです。仮に背甲と腹甲に薬効的な差があるとすればいずれかの本草書に記されているはずであり,そうした記載がないということは,最近の『中華人民共和国葯典』が規定するようにいずれを用いてもよいものと思われます。一方の鼈甲については,『神農本草経』には「心腹の腫れ物やしこり,寒熱を主治し,痞,息肉,陰蝕,痔,悪肉を去る。」と記載されました。また陶弘景は「生の甲を取って肉をはぎ去ったものを良しとする。煮脱したものは用いない。」と記し,薬用には生体から得た甲羅を用いるとしています。なお,『名医別録』には肉の薬効について「味甘。消化吸収機能が傷ついたものを主治し,気を益し,不足を補う」とあり,昨今同様,スッポンは古来肉も強壮薬としてに食されてきました。カメには肉の薬効に関する記載は見られません。

 ちなみに,現世のカメ目動物は約220種類が知られ,10科に分類され,イシガメやクサガメはヌマガメ科に属し,スッポンはスッポン科に属します。中でもスッポン科は特異的で,背甲と腹甲が固着せずに離れていること,また表面に甲板(表皮が変形した角質物質)を欠くことなどが特徴です。また,陸生種と水生種がおり,薬用には専ら水生種が利用されてきました。亀板,鼈甲ともに,性味は鹹・平です。カメは古来神聖視され,カメとヘビの合体像である玄武(黒)は北を守り,水(腎)を司る役割を与えられてきたことは,薬用(鹹)に水生種が利用されたことと関係しているのかも知れません。

 品質的には生のものからできるだけきれいに肉を取り去ったものが良品であるとされ,加熱処理したものは劣品とされます。市販品にはしばしば肉片などが付着して汚れていますが,こうしたものが却って良質品の目安とされている所以です。現代中医学では,ともに肺胃,肝腎,心脾の陰虚や津虚を改善する滋陰薬に分類され,同様な目的で使用されますが,亀板は,滋陰補腎の力が強く,鼈甲は,退熱と軟堅散結の効力に勝るとされます。また,煮出して製した亀板膠の効果がより強いとされ,鹿角膠とともに製した「亀鹿二仙膠」が補腎薬としてよく知られています。また,亀板と鼈甲が同時に処方されたものとして「三甲復脈湯」が知られます。

 カメは以前は何処にでも普通に見られました.気がついてみると昨今は野外ではほとんど見られなくなってしまいました。我が国では動物性生薬の利用は比較的少ないのですが,生薬の資源確保を目した環境問題への取り組みは,実は動物性生薬ほど深刻に考えなければならない問題なのかも知れません。

(神農子 記)