基源:クサスギカズラAsparagus cochinchinensis Merrill (ユリ科 Liliaceae)のコルク化した外層の大部分を除いた塊根を、通例、蒸したもの。

 原植物のクサスギカズラは属名のAsparagusが示すように、アスパラガスの仲間です。クサスギカズラ属植物(Asparagus)は世界に約300種類あり、若い茎を食用にするのはA.officinalis var.altailisA.officinalis var.officinalisです。肥大した根を薬用とするクサスギカズラは、カズラの名が示すようにつる性を呈し、わが国にも海岸砂浜に自生しています。茎は束生し、地下には長楕円形〜紡錘形で肉質の塊根が数十個やはり束生しています。地上部で葉のように見える部分は、形態学上は細かく枝分かれした茎で、光合成を行ない、偽葉、仮葉、葉状茎、葉状枝などと呼ばれています。本来の葉は退化して鱗状となって茎に密着し、また下方を向く短刺となることもあります。食用種と比べるとやや豪壮で粗雑な感じがします。

 薬用としての天門冬は『神農本草経』の上品に「主に諸暴による風湿痺を治し、骨髄を強くし、三虫を殺し、伏尸の病を去る。久しく服用すると身を軽くし、気を益し年を延ばす」と収載されました。名前の由来について、李時珍は「草の茂る様子をモンといい(俗に門の字をあてる)、この草は蔓が茂り、効能が麦門冬と同じであることから天門冬という」と述べています。

 天門冬はわが国の薬局方には収載されていませんが、『中華人民共和国葯典』では「天冬」の名で収載されています。中医学では天門冬と麦門冬は、ともに肺胃・肝腎あるいは心脾の陰虚に奏効する「滋陰薬」に分類され、天門冬は潤肺と滋腎の効能を、麦門冬は潤肺・清心・養胃の効能を有する生薬として細別されています。よって、肺腎の陰虚には両者を併用しますが、胃の陰虚には天門冬は用いず、肺の陰虚には麦門冬は用いないとされます。漢方処方中では、麦門冬と一緒に配合されるものが多く、「二膏冬」「甘露飲」「滋飲降火湯」「清肺湯」などがあります。

 麦門冬と比べて天門冬が配合される処方は決して多いとはいえません。しかし、唐代の『食療本草』では「虚労を補い、肺労を治し、渇を止め、熱風を去る。皮と芯を去って蜜を入れて煮て、これを食後に服用する。暴干して蜜を入れて丸にしたものは尤も佳い。また顔を洗うにも佳い」と記されており、元代の『食物本草』や明代の『救荒本草』にも記載が見られるなど、地上部共々食用としても重要であったようです。滋陰による強精強壮効果が好まれるのか、中国人には好まれる生薬の一つです。天門冬の原植物については『証類本草』の6附図のうち5図はAsparagus属植物のようですが、他の一図は明らかに別植物で、描かれた根,葉,花などの形態から、Stemona属植物(百部の原植物)ではなかったか思われます。一方、『証類本草』の百部の3附図のうち一つは明らかにAsparagus属植物を描いたもので、現在でも雲南省や四川省の一部の地域で「百部」として利用されているA.pseudo-filicinus Wang et Tangを描いたものかも知れません。天門冬も百部もともに潤肺作用を有すること、また地下部の形状が似ている点などから、両者が混同されたものと考えられます。

 天門冬の修治については、『神農本草経集注』や『図経本草』に、蒸して皮を除き、その後日に晒すか火で炙って乾燥させたことが記されています。また、明代の『本草衍義』には「軟らかくするには水にまんべんなく浸す。湯に浸したのでは気味がすべて出てしまい、用いても効かない」とあります。近年、皮を去るために湯通しするという説がありますが、天門冬の主な成分であるアスパラギンは熱湯に溶けやすいことから、除皮や芯抜き加工の際はやはり冷水に浸ける必要があるように思われます。

(神農子 記)