基源:ヨロイグサAngelica dahurica Bentham et Hooker (Umbelliferae)の根。

 今春の『日本薬局方』の改定に際し,ビャクシの基源はこれまでの「ヨロイグサAngelica dahurica Bentham et Hooker またはその変種の根」から,上記のとおり「ヨロイグサAngelica dahurica Bentham et Hookerの根」と変更されました。

 ビャクシは独特の強い匂いがする生薬です。『神農本草経』の中品に初収載され,「性味は辛,温。女性の赤や白の漏下,血閉,陰腫,寒熱や風頭が目を侵して涙が出るなどの症状を主治し,肌膚を長じて潤沢にし,面脂をつくる。一名を芳香という」と記されました。

 セリ科植物は,わが国には35属75種があるとされ,地上部,地下部ともに芳香のあるものが多く,生薬,香辛料,野菜など幅広く利用されています。花序は科名のUmbelliferaeが意味するように,傘状を呈する散形花序または複合散形花序のものが多く,昔はカラカサバナ科と呼ばれていました。多くは直立した茎を立て,また小花の色は白色が多く,黄色や赤みがかったものもあります。地上部の形態には似たものが多く,しろうと目には分類が困難な一群と言えます。植物分類学的には,多くの場合,双懸果と呼ばれるセリ科植物に特有な果実の形態が分類の重要な決め手になります。

 セリ科植物由来の漢方生薬にはビャクシのほか,当帰,川キュウ,防風,独活,羌活,藁本,柴胡,茴香などがあります。前述のように,原植物の地上部は類似しているものが多く,そのため異物同名品も多いようです。この中で,ビャクシと当帰が同じAngelica属植物の根に由来し,匂いも非常によく似ています。

 生薬とその原植物について,わが国最初の本草書である『本草和名』では,ビャクシの和名として「加佐毛知」,一名として「佐波宇止」と「与呂比久佐」が記載されています。ただ「加佐毛知」はビャクシのみならず藁本の和名にも用いられており,両者は混乱していたようです。現在のカサモチNothosmyrnium japonica Miq.は,かつて藁本の代用品として鎮痛薬に利用された植物です。中国原産で,わが国では古くから栽培されていたと言われますが,いつごろ入ってきたかは不明です。現在の中国産藁本の原植物はLigusticum属植物ですが,中国でも古くから原植物の混乱があったものと思われます。とくに藁本とビャクシは薬効的に類似しています。藁本も『神農本草経』の中品に収載された薬物で,「性味は辛,温。婦人の疝?,陰中の寒による腫痛や腹中の急な風頭痛を除き,肌膚を長じ,顔色を悦にする」とビャクシに酷似した効能が記されています。こうした混乱がわが国にもたらされたことも考えられます。

 宋代になり『図経本草』の中で,ビャクシは「根は白色。枝は地上から5寸離れて分かれ,紫色で,葉は相対し,三指の広さである」と描写され,この記載はわが国の中国地方や九州に分布するヨロイグサに一致し,また附図から植物の同定が可能となったのか,江戸時代の『本草辨疑』や『手板発蒙』には「ビャクシはヨロイグサ」と明記されています。

 『中華人民共和国葯典』の2001年版では,ビャクシの原植物にA. dahuricaA. dahurica var. formosanaが規定されています。また『中国高等植物図鑑』には,川ビャクシA.anomala(エゾノヨロイグサ),興安ビャクシA. dahurica,杭ビャクシA. taiwanianaの3種のビャクシが記され,すべて薬用に利用するとされます。さらに,地方的にはハナウドHeracleum latatum Michx.などHeracleum属もビャクシとして使用されており,原植物に混乱がみられます。これらの混乱は多分に地上部の類似によるものと思われますが,これらが生薬となったときにその特徴的な匂いにより鑑別できることは,セリ科植物由来の生薬ならではのことと思われます。

(神農子 記)