基源:アズキVigna angularis Wight (マメ科Leguminosae) の成熟種子.

 『周礼』に,五穀のひとつとして「豆」があげられ,『素問』には「五穀を養となす」とあり,李時珍は同書では「麻,麦,稗,黍,豆をもって,肝,心,脾,肺,腎に配す」としており,古来「豆」は腎を養う穀類であるとされてきました.豆の形が腎に似ていることにも関係しているのかも知れませんが,この豆が如何なる種類のマメであったのかは興味があります.古代中国で「豆」といえばダイズとアズキが代表格でしたが,五行説では腎の色は黒ですから,薬用の豆には黒大豆をあてるのがもっとも理にかなっているのかも知れません.ただし,顧従徳本などの『素問』では小豆と大豆がそれぞれ心(色は赤)と脾(色は黄)に当てられ,腎には黍があてられ,五穀も版によって異なるようです.また,五穀の考え方は古くインドにもあり,そこでは豆に相当するものはアズキに特定されています.アズキの漢字には一般に「小豆」があてられますが,広義の小豆には緑色のものと赤色のものがあり,よって前者を「緑豆」,後者を「赤小豆」として区別し,すなわちアズキが「赤小豆」というわけです.

 赤小豆は食用としても薬用しても利用される生薬としてよく引き合いに出されます.食用になるものは,当然のことながら少々食べ過ぎても害がない,すなわち薬効的には作用が緩慢であると考えられます.赤小豆を配合した処方「麻黄連車召赤小豆湯」に15グラムという多量が配合されているのはその現れといえます.

 薬用としての赤小豆は『神農本草経』の中品に「水を下し癰腫や膿血を排する」,『名医別録』に「味甘酸平,無毒.寒熱熱中の渇を消し,洩を止め小便を利す.吐逆,卒?,下脹満を主治する」と記載されました.先述の「麻黄連車召赤小豆湯」は去湿剤であり,全体の約3割を占める赤小豆が,連翹,生梓白皮などと協力して湿熱を泄します.また,宋代の『済生方』にはその名も「赤小豆湯」という水腫を治する処方があります.こうした薬効はまさに豆の腎を養うはたらきであり,五穀の豆が赤小豆であってもつじつまが合います.また,涌吐剤として著明な「瓜蒂散」は胸中の塞や胃中の宿食に使用される処方で,瓜蒂が主薬ですが,同量配合された赤小豆が瓜蒂の性味,すなわち苦寒有毒で胃気を損傷する作用を,穀気で胃を保護することにより快吐させる役割を果たすとされます.加えて,赤い薬物は血分に入るとされることから,産前産後や乳汁不足など婦人病に多用されることも赤小豆の特徴でしょうか.さらに,赤色には邪を祓うはたらきがあると考えられ,「正月元日と15日に,赤小豆14個,麻子7個を井戸に投ずると瘟疫を避けるのに甚だ効がある」,「7月立秋の日に,西に向かって井華水(せいかすい:早朝一番に汲み上げた井戸水)で赤小豆を7個呑むと,その年の秋は痢疾に犯されない」などといった呪術的な使用方法もあったようです.

 昨今食するアズキはすべて栽培品で,豆の大きさが異なるいくつかの品種があります.一色直太郎氏は,薬用には「極めて新しい粒の小さい暗赤色を呈し,光沢のあるものをそのままか少し炒って粉にして用いる」と記し,中国でも李時珍が「緊小で赤暗色のものを薬に入れる」と書いているように,薬用には小型のものが賞用されています.なお緑豆(ブンドウVigna radiataの成熟種子)は消暑止瀉,清熱解毒に働き,中国では盛夏によく煮汁を飲みます.また,モヤシの原材料でもあります.

 お正月といえば,お屠蘇で始まりますが,かの屠蘇散にも赤小豆が配合されています.これもアズキの呪術的効能と関連しているのかも知れませんが,薬効的にも意味のある配合だと考えられます.年の初めに邪気を払い,健康と齢をのばすことを祈る屠蘇の儀式は,二十一世紀にもぜひ受け継いでゆきたい風習のひとつです.

(神農子 記)