基源:石菖根はセキショウAcorus gramineus L.,菖蒲根はショウブA. calamus L.(サトイモ科 Araceae)の根茎.

 現在わが国では、『日本薬局方外生薬規格』にセキショウコン(石菖根)としてAcorus gramineus L. の根茎が規定され、主に入浴剤として利用されるほか、古来,鎮痛,鎮静,健胃薬などとして使用されてきました。また,市場には類似生薬としてショウブ Acorus calamus L. の根茎に由来するショウブコン(菖蒲根)があります.両者の形状はよく似ていて,石菖根のほうが一般にやや細くて繊維質ですが,古来混同されてきたようです.原植物のセキショウは一般に山間部の渓流ぞいや水のかかる石の上などに生え,ショウブは池や小川のほとりの泥中に根茎を張ります.

 『神農本草経』の上品に、昌蒲(菖蒲)の名で「味辛温。風寒湿痺、咳逆上気を主治し、心孔を開き、五臓を補い、九竅を通じ、耳目を明るくし、音聲を出す。久しく服すれば身を軽くし,忘れず迷い惑わず,年を延ばす。一名昌陽」と記載され、『名医別録』では「耳聾、癰瘡を主治し、腸胃を温め、小便を止め、四肢の湿痺で屈伸できないものを利し、小児の寒熱病で身積熱が解けないときは浴湯に使う。耳を聡くし,目を明らかにし,心智を益し、志を高くし、老いず」と記されています。このものが果たして,ショウブであったのかセキショウであったのかが論議されるところです.

 『名医別録』には,「上洛の池澤」に生じるとあり,生育地の環境を考えるとショウブのようですが,はっきりしません.陶弘景は「今すなわち所々にあり、石磧上に生ずる」と記しており,これはセキショウのようです.続けて「下湿地に生えて根の大きなものは昌陽と称される」とあり,これはショウブのようですが,「このものは今の都では真物とはいわない」としています.「菖蒲の葉には剱刃にあるような脊が1本ある」とする特徴的な記載からは菖蒲はショウブであると考えられますが,以上述べてきたことや,また『図経本草』の付図にある根の形状を見ても,古来両種が混用されてきたことは明らかです.

 江戸時代の『本草辨疑』では、「薬店には菖蒲根(アヤメ)と石菖蒲根(イワアヤメ)が売られており、本草では菖蒲はイワアヤメ、白菖はアヤメであるが、薬店で菖蒲根を求めれば白菖が売られる」と記されており、我が国でもやはり混乱が窺えます。

 明代の李時珍は5種類の菖蒲を記し,蒲(ガマ)のような葉で、池澤に生え根が肥えたものを白菖(泥菖蒲)、渓間に生え根が痩せたものを水菖蒲(渓孫)、水石の間に生え、葉に脊があり根は痩せて節が密なもの及び栽培品で葉が韮(ニラ)のようなものを石菖蒲、極端に小さいものを銭蒲とし、薬用に使用できるのは石菖蒲のみであるとしています。そして現在中国の『中薬大辞典』では,白菖、水菖蒲にA.calamusをあて、石菖蒲にA.gramineusをあてています。

 薬効的には,現代の中医学では菖蒲(セキショウブA.gramineus)と水菖蒲(ショウブA.calamus)の効能は開竅薬としてはほぼ同様であるが、前者のほうがより開竅の効能にすぐれ、後者は化湿開胃・化痰止咳及び癰腫瘡湿疹などに対する効果が優れているとされ、また過服すると悪心・嘔吐をきたしやすいとしています。

 ショウブに関する混乱は植物学の分野においても知られています.すなわち,我が国におけるショウブの古名は真直ぐな葉が交錯して茂る姿から「文目(アヤメ)」と呼ばれていました.一方,現在のアヤメ科Iridaceaeで美しい花が咲くアヤメの葉がショウブに似ていることから「ハナアヤメ」とも呼ばれ,次第に単にアヤメと呼ばれるようになりました.本来のアヤメは仕方なく菖蒲の音読みでショウブと名を変えたと言うわけです.しかし,これにもハナショウブというアヤメ科の植物が登場し,今ではショウブと言えばハナショウブです.いずれの菖蒲園を訪れても本物の菖蒲は見られません.2度も名前を奪われた本物のアヤメは最近では「風呂菖蒲(フロショウブ)」と呼ばれ区別されています.

 また,ショウブの属する科もこれまではサトイモ科とされてきましたが,最近ではショウブ科Acoraceaeが設けられ,定説になりつつあります.

(神農子 記)