基源:Clematis chinensis Osbeck シナセンニンソウ(キンポウゲ科:Ranunculaceae)の根。

 威霊仙は医療用漢方薬129処方中では唯一「疎経活血湯」に配合される稀用生薬ですが、古来、関節リウマチなど膝関節が腫れ痛む疾患の特効薬として知られてきました。

 もともと新羅すなわち今の朝鮮半島で使用されていた薬物で、宋代に僧侶によって中国に伝えられたことが崔玄亮の『海上集験方』に詳しく記載されています。中国の本草書に初収載されたのは『開宝本草』で、「茎方数葉相対花浅紫」という簡素な植物学的記載に加え、全国的に知られた薬物ではなかったために、地方的に一時期ゴマノハグサ科のクガイソウの仲間が利用されたようです。それがたまたま『図経本草』に掲載されたがために、長い間クガイソウが正品であると考えられてきましたが、近年になって正品はクレマチスの仲間であることが明らかにされました。これは現在の市場品の基源と一致するもので、歴史的には中国でも原産地の朝鮮半島でも主としてClematisが利用されてきました。ただし、原植物の種類は異なり、真の正品はC.patensカザグルマであり、中国ではそれによく似たC.floridaテッセンであったようです。これらの植物は、今でもそうですが、古来観賞用植物として価値があり、また湿地という特殊な環境に生えるため、すぐに資源が枯渇してしまったようです。我が国でもカザグルマはレッドデータブックに収載されています。そうした意味で、今のシナセンニンソウは次善の代用品ということができます。また、朝鮮半島でも、今ではカザグルマが少なくなり、C.ternifloraタチセンニンソウ、C.brachyuraイチリンサキセンニンソウなどが利用されています。わが国では江戸時代から近縁のC.terniflora var.robustaセンニンソウが代用されており、同様の薬効が期待されます。

 一方、クレマチス以外の異物同名品として、先述のクガイソウのほか、ユリ科のSmilax属植物(ヤマカシュウの仲間)、ガガイモ科のChynanchum属植物、キク科植物など、根の形が類似する植物が代用されてきましたが、威霊仙としての薬効がなかったものか、現在ではSmilax属以外は利用されていません。Smilax属由来の威霊仙は現在でも北京をはじめ北方地方でよく利用されているもので、とくに現在の中医学では一般にこのものが使用されています。本品は清代になってから使用されるようになったもので、今後の薬効的な評価が必要と思われます。

 これらの異物同名品は根の形状がよく似ていますが、次のようにして鑑別可能です。Clematis由来の威霊仙は根が折れやすく、断面はややでん粉質です。Smilax由来のものは硬くて噛んでも壊れません。Chynanchum由来のものは噛むと白前や白薇に似た特有の香りがあります。キク科由来のものにはでん粉がありません。また、Clematis由来のものの中では、中国産のC.chinensisでは根の外面が灰褐色〜灰黒色で、基部がやや細くて紡錐形になり、太いものでは2mmを越えます。韓国産は根の外面が黒褐色で、径1〜2mmです。中国東北部のC.hexapetalaでは根が細くて1mm以下で、外面は茶褐色です。日本のセンニンソウは最近では市場性がありませんが、全体に韓国産に似て、やや黒みが少なく、全体にやや大型です。なお、古来の正品と考えられるカザグルマやテッセンでは根の外面が淡色でやや橙色がかっています。

 ところで、カザグルマとテッセンは良く似ていて、巷では混乱しています。見分け方は、長い花柄の中程に2枚の苞葉があるのがテッセンで、カザグルにはありません。また、花びら(ガク片)の数がテッセンでは6枚、カザグルマでは7〜8枚です。花屋さんで見る「テッセン」の多くはカザグルマの仲間の園芸品種です。ともに、初夏に大形で美しい花を咲かせます。今後は生薬供給を目的とした栽培も期待されます。

(神農子 記)