基源:古代大型哺乳動物の化石化した骨。

 「龍骨」は、神農本草経の上品に収載された薬物です。「龍の骨」とは言え、周知のように龍(和名:タツ)は想像上の動物です。9種の動物に似た点、すなわち駝の頭、鹿の角、鬼の眼、牛の耳、蛇の項、蜃の腹、鯉の鱗、虎の掌、鷹の爪を備え、鱗虫類の長の地位を与えられています。四霊のひとつで、淵にひそみ、ときに雲をよんで天に昇る水神であるところから、古来防火の神でもあります。また皇帝のマークが龍の5本指(爪)であるように、「龍」は、優れた人、非凡な人の喩えにされます。『証類本草』中には、龍骨、龍胆、龍眼をはじめ,頭に龍のつく薬物が全部で10種類収載されています。中には有名未用のものもありますが、それら全てが「無毒」という点で共通しています。崇高なイメージを持つ「龍」は、当然ヒトに対して害を及ぼしてはいけないわけです。

 龍骨は、薬効的には「牡蛎」などと同様に重鎮安心薬に分類され、精神安定・鎮静の効能があり、驚き・恐れ・精神的ストレスにより心神が擾乱されて生じる煩躁・狂躁・易怒・不眠などの精神不安定に対して有効な薬物です。配合される処方は少ないですが、「柴胡加龍骨牡蛎湯」は腹部大動脈の亢進を目標に上記の疾患に汎用される重要処方です。

 基源に関して『中国薬材学』を見ますと、現在の龍骨は古代に生息していた三趾馬、犀類、鹿類、牛類、象類などの哺乳動物の骨骼の化石あるいは象類の門歯の化石であるとされ、薬材上前者を「土竜骨」(粉龍骨),後者を「花竜骨」と2大別するとされています。しかし、実際市場では化石化した部位や度合いや色彩によって、青花龍骨、黄花龍骨、白龍骨、龍歯などの名称でも流通しています。一般に土竜骨は、表面が白色あるいは黄白色で、裂隙に班点があり、断面のきめが粗く、質は堅硬で破砕しにくいが、破砕すると細かくなめらかな粉末になります。一方の花竜骨は淡灰白色で紅、白、藍、黄、黒、棕などの色をした紋理が見られ、質は堅く破砕しやすく、層になって剥落し、指で容易に崩れて粉末状になります。

 また色について、陶弘景は「欲得脊脳作白地錦文」と、白地に錦文(黄金色の紋)のあるものが良いとし、『新修本草』では五行説に基づき「龍骨は5色の具わったものが良く、その青、黄、赤、白、黒は、それぞれの色に随って臓腑に相会するのだ」としています。また、『呉普本草』では「青白色のものがよい」と記され、これも五行説に基づいて、龍骨の肝の高ぶりを治す作用を期待したものと思われます。一般に品質的には、色が白くて、各種花紋があり、破砕されやすい花竜骨が良質品であるとされ、質が堅く破砕されにくい土竜骨は次品とされています。

 龍骨は、実は『日本薬局方』には収載されていますが、中国の局方である『中華人民共和国葯典』には記載されていません。正確には1977年版には収載されていましたが、1985年版で付録の項に名称と基源のみの記載となりました。1994年版『中葯志』では、その理由として、近年の分析結果から龍骨、龍歯には数種の金属元素や放射性元素が含有されていることが明らかになり、人体に対する悪影響からの処置であるとしています。

 しかし、龍骨は『神農本草経』中、命を養い、天に応ずる上品の薬に分類され、『本草綱目』でも同様に扱われており、古来、経験的に不老長寿の薬とされてきました。今に至って、極わずかな元素を単一成分でとらえて、人体に危険であるということで『中華人民共和国葯典』から削除することは、「転ばぬ先の杖」なのかも知れませんが、龍骨の生薬としての重要性を考えると疑問が残ります。ただ、確かに市場の龍骨には砒素を相当量含有するものがあり,局方不適になるものが多いことも事実です。1977年版『中華人民共和国葯典』には、「五花龍骨は極めて破砕されやすく、毛片紙に粘貼して常用する。」とあり、中国では、専ら吸湿・止血・生肌斂瘡の外用薬として利用されてきていますので、需要の少なさからの削除かもしれません。あるいは、大型哺乳動物の骨が何万年もかかって化石化した「龍骨」は資源的に限りがあることから、資源保護的な問題も関係しているのでしょうか。

 ストレスの多い現代社会において、「柴胡加竜骨牡蛎湯」など安心作用のある竜骨を配合した処方を必要とする人は増えてくると思われます。龍骨は供給面において不足するのは確実と思われます。すでに中国市場には現存の哺乳動物の骨から製した偽品が出回っており、龍骨の代用品の早急な研究が不可欠でしょう。

(神農子 記)