基源:トチュウ Eucommia ulmoides Oliv.(トチュウ科 Eucommiaceae)の樹皮を乾燥。

 杜仲といえば杜仲茶を思い出しますが,杜仲茶は近年になってトチュウの葉を茶剤に加工したもので,本来の生薬「杜仲」は樹皮が薬用部位です。

 原植物のトチュウが属するトチュウ科は,1属1種からなる小さな科です。トチュウは,以前はイラクサ目あるいはマンサク目に組み入れられていましたが,近年の分子生物学的解析からトチュウ目として独立したかなり特異な植物といえます。トチュウは中国の中南部,長江中流の山林に稀に自生する高木ですが,挿し木で容易に増えることから,今では河南,陝西,甘粛などで栽培されています。わが国でも,第三紀(6500万〜170万年前)の地層から果実や材の遺体が出土していることから,かつて北半球が温暖であった頃には分布していたようです。しかし,わが国のものは絶滅してしまったようで,今では大正7年に中国から渡来したものが各地で栽培され立派に育っていますが,稀用生薬であったためか生薬の生産にまでは至っていません。現在でも,汎用処方264処方の中で「痿証方」にのみ配合されます。

 杜仲は『神農本草経』の上品に「杜仲味辛平。主腰脊痛補中益精気堅筋骨強志除陰下痒湿小便餘瀝。久服軽身耐老。一名思仙」と収載されました。一般には強壮・強精・鎮痛薬として知られ,現在中医学では助陽に働く補益薬として,肝腎不足による腰痛や婦人の腹痛などの処方に配合されます。

 生薬「杜仲」の特徴は,なんと言っても折ると白い糸を引くことです。『集注本草』にも「…状如厚朴折之多白糸為佳」と厚朴に似ているが糸を引くことが記されています。この白い糸はグッタペルカと呼ばれるものです。グッタペルカはゴムの原料であるイソプレン重合体で,熱すると軟らかくなり,冷えるとそのままの形で硬くなる可塑性を持っています。歯科で治療の途中に歯につめるゴム質であると聞けばなじみが深いでしょう。

 杜仲の加工調製方法について,『集注本草』では「上皮を薄く削り去って横に切って糸を断つ」,『雷公炮炙論』は「炙って乾燥させ細かく刻む」,一色直太郎氏は「縦に五分位の幅に切り,それを小口切りにする」としています。こうして切ったものは,切り口が互いに白い糸で連なってすだれ状になり,樹皮の褐色とグッタペルカの白の織り成す模様が美しく,上手に仕上がったものはとても樹皮であるとは思われません。細かく切るのは成分を効果的に煎出するための手段だと思われますが,一方でこれが正真正銘の杜仲であると主張しているようにも感じられます。

 トチュウのように折ると糸を引く樹皮は少数ながら他にもあります。ニシキギ科のマサキもそうです。わが国ではこのマサキが古来代用されてきたようで,中国物産の和名を記した平安時代の書『本草和名』に「和名波比末由美(ハヒマユミ)」とあり,江戸時代の『用薬須知』には「和名マサキ」とあります。しかし,その後小野蘭山によって,マユミはマサキの方言である可能性が高いこと,マサキの皮は薄く色は白く,糸はあるが少なくて弱いことから,マサキは舶来の杜仲とは異なることが記されました。

 一方,トチュウそのものが中国でも稀な樹木であったことから,中国でも浙江一帯や武漢でニシキギ科植物の樹皮が「杜仲」あるいは「野杜仲」として利用されてきました。このニシギギ科植物由来の樹皮の糸は長く引かず,断ちやすいことから真の杜仲とは容易に区別が可能です。その他の異物同名品としてキョウチクトウ科植物由来の「紅杜仲」や「杜仲藤」がありますが,いづれも皮は薄く,糸が少ないので区別できます。杜仲は高貴薬のひとつです。稀用生薬とはいえ偽物が出回るのも高貴薬であるがゆえでしょうか。

(神農子 記)