基源:チガヤ Imperata cylindrica Beauvois (Gramineae イネ科)の細根と鱗片葉をほとんど除いた根茎。

 「茅根」は読んで字のごとく「カヤの根」ですが、カヤは屋根を葺くのに利用されるようなイネ科植物の総称で、ススキをはじめ多くの種類があります。李時珍は、茅の種類について「白茅、菅茅、黄茅、香茅、芭茅の数種があり、葉はすべて似ている」と記しています。これらのうち生薬として利用されるのは白茅で、このものは「短く小さく、(旧暦)3〜4月に穂になった白花を開き、根ははなはだ長くて白くて柔らかい。(中略)『神農本草経』に収載された茅根はこのものだ」とあるところから、古来チガヤが薬用にされてきたことが窺えます。中国では他の茅類と区別するためか、一般に「白茅根」あるいは単に「白茅」と称されています。

 チガヤは道端や田のあぜなどに普通にみられる背丈が50 ばかりの植物です。昨今都会に住んでいますと目にする機会が少なくなったようですが、それでも高速道路を走って郊外に出かけますと中央分離帯にたくさん生えているのを見ることがあります。東京辺りでは5月下旬ころが花の盛りで、名前を知らずともけっこう見覚えのある植物のはずです。また、子供のころ、まだ穂にならない若い花穂をガムのようにして噛んだ経験のある方も多いことと思います。もちろん噛めば甘い根茎の味を覚えておられる方もあるに違いありません。

 この甘みが茅根の薬効の特徴となっています。『名医別録』によると、茅根は「五淋を下し、腸や胃にある客熱を除き、渇きを止め、筋を堅くする」とあります。すなわち本質は利水剤ですが、同時に腸胃の熱を取る作用をも有しています。一般に腸胃の熱を取る薬物の気味は「黄連」や「大黄」のように「苦・寒」で、これらは服用すると往々にして胃気を損なうものですが、この茅根の気味は「甘・寒」で、甘は脾胃に入る薬物ですからそうした副作用がないというわけです。このことについて李時珍は次のように詳しく書いています。「白茅根は味が甘で、能く伏熱を除き小便を利す。故によく諸血、咽逆、喘急、消渇を止め、黄疸、水腫を治するのに良いものだ。世人はこうした症状が軽微な場合には治療をおろそかにし、ただ苦寒の剤さえ与えておけばよいと考え、かえって沖和の気を傷める結果を招いている。嗚呼このことに気が付かないとは」と。茅根はまた血分にも作用し、鼻血や血尿などの出血やまた煩渇にもよく効を奏します。

 夏に台湾や香港を旅行しますと、町中の青草店(屋台の生薬屋)では必ずといって良いほどチガヤの生の根茎が売られ、人々もよく利用しています。これは暑さで水分代謝がうまくいかず、のどが渇き、嘔吐したり小便不利になったりしたときに煎用するもので、水を飲み過ぎて胃腸の調子がおかしくなった場合によく利用されます。こうした胃腸症状に苦寒剤を与えると、却って胃気を損なって悪くするというわけで、茅根は夏の胃腸薬とも言えましょう。より太くて長いものが良品とされます。

 ところで、この稿がなる頃には香港はすでに中国に返還されてしまっている筈です。香港といえば、我々生薬を扱う者にとっては勉強するのに格好の街でした。最近でこそ中国へ直接出向くようになってしまいましたが、勉強という点では却って小回りがきかなくなってしまったように感じます。一ヶ所で中国各省産の生薬やまた種々の等級品を見ることができることが香港の魅力でした。青草店をも含め、香港のこうした魅力がいつまでもなくならないことを願うばかりです。

(神農子 記)