基源:マクリ Digenea simplex C.Agardh(フジマツモ科 Rhodomelaceae)の全藻。

 マクリ(海人草)は現在ではもっぱら蛔虫駆除薬として知られていますが、わが国では古くは新生児の胎毒下しの薬として利用されていたようです。

 『和漢三才図會』に「由来は良くわからないが、新生児の出生三日以内に先ず海人草と甘草2味、或はフキの根を加えて用い、帛(はく:柔らかくした絹布)に包み、湯に浸して之を飲ませると胎毒と一緒に涎末を吐かせることができる」とあり、古くから乳児の胎毒を去るのに使用していたことが伺えます。

 一方、マクリは「鷓鴣菜」の名でも知られますが、鷓鴣菜の名が最初に現れるのは歴代の本草書ではなく、福建省の地方誌である『閩書南産誌』だとされています。そこには「鷓鴣菜は海石の上に生え、(中略)色わずかに黒く、小児の腹中蟲病に炒って食すると能く癒す」とあり、駆虫薬としての効果が記されています。

 わが国におけるマクリ薬用の歴史は古いようですが、駆虫薬としての利用はこの『閩書南産誌』に依るものと考えられ、江戸時代の『大和本草』には、それを引いて「小児の腹中に虫がいるときは少しく(炒っての間違い)食すれば能く癒す」とあります。しかし、引き続いて、「また甘草と一緒に煎じたものを用いれば小児の虫を殺し、さらに初生時にも用いる」とあり、この甘草と一緒に用いるというのは『閩書南産誌』にはないので、この記事は古来わが国で利用されてきた方法が融合したものではないかと考えられます。

 薬物を炒るという加工については、生薬固有の性能を強め、刺激性、副作用、偏性を弱めるとされることから、薬効面での効果をあげるための加工であると考えられますが、そのままでは生臭くてまずいマクリの味を炒ることによって香ばしくしたのかも知れません。わが国で甘草を加えたのも、同様に緩和剤としての甘草の効能を期待したとも考えられますが、味が悪い飲み薬に甘味を着ける意味もあったのではないでしょうか。

 マクリは和歌山県以南の暖海域に生息し、生の時は粘り気があり、塩辛くて海藻臭のする紅藻類です。マクリとは「捲る(追い払うの意)」に由来し、「胎毒を捲る」の意味であるとされています。「腹中の虫を捲る」意味にもとれそうですが、先述のごとく駆虫作用は後に学んだことであり、また、マクリの言葉も鷓鴣菜の名が入って来る以前から使用されていたようですので、ちょっと分が悪いようです。

 マクリの有効成分はカイニン酸とされています。しかし、臨床的に蛔虫駆除効果はカイニン酸単独で使用するよりもマクリの煎出エキスや水浸剤の方がはるかに優れているという報告があり、カイニン酸以外の有効成分の存在や、またそれらとの相加相乗効果も予想されます。また、マクリに付着しているトゲイギスを始めとする他の紅藻類にもマクリと同等あるいはそれ以上の蛔虫駆除作用があること、鷓鴣菜はコノハノリ科のアヤギヌでありマクリではないという報告があること、色に関しての記載が淡紫紅色、微黒、暗黄色、暗赤紫色〜暗灰赤色、黒褐色、その他多くの異なった記載があること、などの理由から、生薬マクリとして多くの原植物があったものと考えられます。

 ですから、生薬の選品に関しても種々の意見があって、昨今は、新鮮で柔らかくて緑藻の付着がなくてよく乾燥したもの、を良品としますが、青々した柔らかな美しい毛茸の付着しているものが良いとする書物もあります。現在市販されているマクリを熱湯に通しても緑色になりませんが、紅藻類の中には湯通しすると鮮やかな緑色になるものがあり、また緑藻類であるミルを民間的に駆虫に使用する地方もあることからも、生薬マクリとして幾種類かの藻類が使われていたことは間違いなさそうです。

 紅藻類は食用としても重要で、水産物生産の上位を占めるアサクサノリや寒天の原料となるテングサやオゴノリ、また化粧品や菓子類それに医薬品の安定剤や結合剤となる成分を含むツノマタやキリンサイ、それにフノリ(布糊)など、産業上有用な種が多く、深海に生息する紅藻類には薬用に関してもまだまだ未開発な部分が秘められているような気がします。

(神農子 記)