基源:ハトムギ Coix lachryma-jobi L. var. mayuen Stapf(イネ科 Gramineae)の種仁。

 ヨクイニンは肌を美しくする薬物、また服んで効くいぼ取り薬として良く知られていますが、これは民間的な利用方法です。ヨクイニンは『神農本草経』の上品に記載された薬物で、同書中では「筋肉が拘攣して屈伸できなくなったものや慢性の神経痛を治する」薬物として記されています。

 原植物のハトムギはもともと中国には自生せず、後漢のころに馬援という人が南方からもたらしたものであるとされています。変種名の mayuen も馬援の名前に因っているのです。基準種の Coix lachryma-jobi L. は和名ジュズダマで、わが国でも池沼のほとりや河原などやや湿気のある土地に生え、子供のころに丸い果実を採って糸を通して数珠を作った覚えのある方も大勢おられることと思います。

 ハトムギもジュジュダマも植物体は良く似ており、高さ1.5メートル内外で、たくさんの果実を穂状に実らせます。ハトムギは品種改良されて多くの栽培種がありますが、果実はジュズダマに比べてやや紡錘形で、通常淡褐色に熟し、外殻がやわらかく、手で割ることができるのが特徴です。一方のジュズタマの果実はほぼ球形で、ハトムギに比してやや大型で、時々白色のものが混じり、外殻は硬くて素手で割ることはできません。ともに内部に褐色の皮を被った種仁があり、薬用にはそのままか皮を去って利用します。ハトムギの果実全体を「鳩麦」、種仁を「ヨクイニン」、ジュズダマの果実を川殻と呼んでいますが、先に書きましたように、ジュズダマは外殻が硬くて剥きにくいので種仁の市場性はほとんどなく、あくまでもヨクイニンの代用品とされてきました。

 皮を去った種仁は白色でん粉質です。陰陽五行説では「白」は肺経に入りますので、ヨクイニンには清肺の作用があるとされ、また味は淡泊であるので滲湿、利水の作用があるとされます。『神農本草経』に記された「慢性の神経痛」に対する薬効は後者の効能と言え、その他、排膿、消腫、利尿、消炎、鎮痛など多くの効能を有しているものヨクイニンの滲湿、利水の効果によるものと考えられます。麻杏 甘湯、ヨク苡附子敗醤散などの処方に配剤されるほか、種々の処方に加味されて利用されます。

 ハトムギ種子に含まれる油状物質中の主成分コイクセノライドには抗癌作用があり、また大量のパルミチン酸は小動物に呼吸麻痺を引き起こすことが報告されています。ハトムギは比較的安価であり食料としても利用できそうですが、古来食用には利用されてこなかったことはこうした毒性に因っているのかも知れません。

 なお、ヨクイニンは新しくて大粒で白いものが上質品とされます。湯剤としては種仁のみ(ヨクイニン)が利用されますが、民間で茶剤(はと麦茶)として炒って利用する場合には殻がついたままでも利用されます。

(神農子 記)