基源:マツホド Poria cocos (Fr.) Wolf. の菌核

 茯苓は『神農本草経』の上品に不老長生薬として記載されています。キノコに由来する漢方生薬ではこの茯苓と猪苓が有名ですが,両者の性質はかなり異なっているようです。

 ともに地中にある菌核を薬用とする点において共通していますが,茯苓の原菌のマツホドは地上部にいわゆるキノコ(子実体)を出しません。猪苓の原菌であるチョレイマイタケは,その名が示すように地上にマイタケに似た子実体を形成します。

 そのように地中にあって通常は目につかない菌核を,如何なるきっかけで薬用に利用するようになったのかは興味のあるところですが,現時点では何もわかっていないようです。おそらく洪水か山崩れによって土がえぐられて出土露出したものが発見されたものと想像されますが,それにしても中国人の"何でもクスリに利用する"という姿勢は,食品のそれと同様,関心させられます。

 とは言え,偶然出土してくるものをあてにしていたのでは薬物として十分量が確保できるはずがなく,『図経本草』にはいわゆる「茯苓突き」のことが詳しく記されています。「山中の古い松で人に伐採されて久しく,上に枝葉が再び生えていないような切り株を茯苓撥という。それが見つかればその周囲3メートルほどの範囲内の土中を鉄頭錐で刺してみる。もし茯苓があれば錐が固くなって抜けないので,そこを掘って茯苓を得る」とあり,宋代から今と同じような鉄製の錐が使用されていたことがわかり,また探し方についても今だにそれ以上の方法がないことを考えれば,当時の中国人のアイデアにも関心させられます。

 さて,茯苓は古来「赤茯苓」と「白茯苓」の2種があったことが記されています。陶弘景が「赤は瀉し,白は補う」としたのがその最初ですが,李時珍は「赤は血分に入り,白は気分に入るもので,それぞれ牡丹皮や芍薬の場合と同じ意義である」とし,薬効的にはそれほど大差はないと考えています。赤・白の差はおそらく肉質の色であると考えられますが,これについても未だ定説がないようです。実際の市場品には純白に近いものからかなり着色したものまであります。今後の研究が待たれます。

 また,「茯神」が古来良質品であるとされてきたことはよく知られています。茯神とは「根の周囲に茯苓がついたもの」で,『名医別録』に記されています。李時珍は薬効的には茯苓と同様であるとしています。なお,茯神の中に通る木部を「神木」と称し,口面●斜,諸筋牽縮,虚者の健忘などに効果があるとされます。

 さて,生物学的にも薬物学的にも,茯苓には未だに不明な点が多いようです。古来,中国人もやはり不思議であったようで,マツヤニが地中で固まったとする説や,マツの気を假りて生ずるものであるとする説などが本草書の中に見られます。今ではキノコの仲間であることは常識となっていますが,それでもその生活史や生理,生態について不明な点が多いのはやはり神秘的です。

(神農子 記)