基源:ボウフウ Saposhnikovia divaricata Schischkin(セリ科 Umbelliferae)の根および根茎

 漢薬「防風」は『神農本草経』の上品に収載された薬物で、読んで字の如く「風を防ぐ」すなわち「風の病を防ぐ」効果を有しています。漢薬の名称にはしばしばこうした薬効に基づくものがあります。

 漢薬は、中国という広い土地で生まれ、また長年に渡って受け継がれてきたために、異物同名品や同名異物品が多く存在することは当然です。原因は様々ですが、その一つに薬効の類似があり、とくに薬効が生薬名となっているものにその傾向が強いようです。しかし、防風の場合には原植物がセリ科であることがより大きな要因となっているようです。セリ科植物には外形の似たものが多いためです。加えて、日本に防風の原植物がなかったことは、わが国で異物同名品を生じる原因ともなりました。

 良く似た偽品のことは別にして、防風の正品については中国の謝宗万氏の『中薬材品種論述』に、「唐本草の中で、防風の最善とされている産地も、また佳とされている産地も全て現在の山東境にあり、証類本草や本草綱目の付図は今の防風 Saposhnikovia divaricata (Turcz.)Schischkin の形態とよく符合する。このものは、山東、華北、東北地区全てに産し、現在全国各地に主要商品として広まっており、かつ東北産の関防風は質量共に最良と認められている。故にこの防風が伝統薬用の防風であり、正品であると認められる」と、ボウフウ Saposhnikovia divaricata が漢薬「防風」の正品であると述べています。

 正品防風の生苗が中国からわが国に伝来したのは享保年間(1716 〜 1736年)で、このものが奈良県宇陀郡大字陀町の森野藤助氏の薬園に栽培されたことから「藤助防風」とか「宇陀防風」と呼ばれました。森野氏は、農業のかたわら葛粉の製造を業とし、森野家は現在も吉野葛の老舗として知られています。氏が39歳の時、幕府の薬草御用上村左平次が大和の産物を検めに来たときに郷里の者の推薦により公役を勤めることになり、その時には甘草など6品の漢種の薬用植物を特に賜わりました。その後78歳で病没するまで数回公役を勤め、その間に防風の原植物をも拝領しました。

 当時生薬の多くを中国からの輸入品でまかなっていたわが国では、当然のように真物の代用品としての異物同名品が生じました。享保年間に松岡玄達が著した『用薬須知』(1726年)に「升麻防風二味医薬ノ常用ニシテ偽品最モ多シ」と記載され、防風についてはわが国には3種があるとし、正品の防風についても記されていますから、防風の原植物は享保年間の早い時期に伝来していたようです。防風に異物同名品の多いことは江戸時代末期に内藤尚賢が著した『古方薬品考』(1841年)の序文に「唐宋以来、薬物の種類は一千五百種に増え、甚だ多端であり、自ずから優劣、真贋がある。所謂杜衡(トコウ)を細辛と混乱し、防葵(ボウキ)と防風とを混同するような誤りは少なくない」と、当時の生薬の基源混乱の例にあげているほどで、このことは中国から輸入される防風の基源も混乱していたことを示しているようです。日本薬局方においても第二局では防風の原植物はセリ科の Seseli libanotis Koch.オオバノイブキボウフウまたは S.libanotis var. daucifolia Fr.et Sav.イブキボウフウであるとしています。これを「伊吹防風」と称し長いあいだ利用してきましたが、このものは第七局で削除されました。

 防風の良質品は、根が肥大し長く、外皮は薄くきめ細かくしまり、内部は肉が厚く充実し、質が軟らかく慈潤し、外面は淡黄色断面は黄白色で、中心に菊花条のあるものとされます。一方、外皮が粗く、頭部に毛があり、堅い芽のあるものの質は劣るとされます。品質について謝宗万氏は「ボウフウには開花結実するものとしないものの2種があり、前者は根の心が硬くなり'母防風'あるいは'硬防風'と称され、後者は根に水分が多く豊満で、心に菊花状の模様があり'公防風'あるいは'軟防風'と称される。薬用には"公防風"がよく、母防風は一般に取引されない。実際には防風は両性花で公・母の別は無い。花芽がこわれたり形成されなかったりして花が咲かなかったものはすなわち根がやわらかくて充実し品質が良いのである」と述べています。

 いずれにせよ、防風の正品はボウフウの地下部に違いないようですが、現在の日本薬局方には代用品としてハマボウフウの地下部が収載されています。ハマボウフウに由来する防風はわが国ではかなり古くから使用されていたようですが、松岡玄達は偽品であると明記しています。また、ハマボウフウは中国では「北沙参」の原植物であり、防風とは別の生薬として使用されるものです。日中貿易が正常化した現在では、ボウフウ由来の正品が十分量輸入されていますので、あえてハマボウフウを代用する必要はないものと考えられます。

(神農子 記)