基源:サンシュユ Cornus officinalis Siebold et Zuccarini (ミズキ科 Cornaceae)の偽果の果肉.

 局方生薬の中に,「茱萸」の名のつくものとして「呉茱萸」と「山茱萸」の2種があります。生薬名の由来はそれぞれ「呉(現在の江蘇省一帯)の茱萸」,「山の茱萸」であることは明白ですが,一体「茱萸」なるものが如何なる植物かが定かではありません。一説によると朝鮮半島から華北にかけて分布するミカン科の Evodia danielli Hemsley とされますが詳細は不明です。『本草衍義』(宋)には「山茱萸と呉茱萸は甚だ相類していない。山茱萸は赤くて大きさも枸杞子に似ている。呉茱萸はサンショウの実に似たものだ。治療も大いに異なる。なぜにこのように命名されたのかわからない」と書いているところから,両生薬の原植物はもともとまったく異なったものであったと考えられます。

 『雷公炮炙論』(南北朝)には「雀兒蘇というのは本当に良く山茱萸に似ているが,それは核に八稜があるもので薬用にしてはいけない」と記され,李時珍はこの雀兒蘇は胡頽子(グミ科のナワシログミ Elaeagnus pungene Thunb. の果実だとし,古くからグミの実との混同があったようです。実際,『古方薬義』には「和名ヤマグミ」と記され,また『用薬須知』や『増補手板発蒙』に「古よりグミと訓するは非なり」とあることから,わが国でもグミとの混乱がおこっていたようです。ただ,山茱萸がサンシュユであったかどうかも不明で,『呉氏本草』(魏)に「葉は梅のようで刺があり,二月に杏に似た花を咲かせる」,『本草拾遺』(唐)に「生平林間樹高丈餘葉陰白冬不凋冬花春熟最早」,『図経本草』(宋)の付図やまた「花は白い」とする記事からは,古い時代の山茱萸の原植物がサンシュユであったとすることには疑問が残りそうです。なお、中国山東省ではメギ科のメギ属(Berberis sp.)の果実を山茱萸にあてていますが,これとて正品か否かは不明です。正品がグミでなかったことは確かなようですが,原植物の特定は一考を要する問題のようです。グミ属にしろメギ属にしろ,果実の形態は確かにサンシュユにそっくりで,混用されるのももっともなことと考えられます。

 さて,植物のサンシュユは,中国や朝鮮半島原産のミズキ科の落葉樹で,江戸時代の享保年間に漢種の種子が朝鮮半島経由でわが国に持ち込まれ,薬用植物として栽培され始めました。今ではとくに早春の黄色い花を鑑賞するために花木として庭や公園に植えられていますが,秋に実って紅熟する長さ1.5〜2 cm ほどの果実もまた観賞用として美しいものです。花の様子からハルコガネバナ,また実の様子からアキサンゴとも呼ばれます。なお植物学的にはサンシュユの果実は偽果で,種子と思われる部分が真正の果実です。薬用の「山茱萸」は,核果から果核(石核:俗に言う種子)を抜き取ったもので一般に果肉としている部分は花床の成熟したものというわけです。

 現在市場には主に中国産の栽培品が出回り,とくに浙江省に多産し品質も良く「抗茱肉」と称されています。10,11月,果実が紅熟し始めた頃に収穫し,過熟したものは果肉が少なく,また熟度が足りないのも果核いわゆる種子がじゅうぶん抜き取れず,質が劣るとされます。果肉が厚く,黒色を帯びる事なく赤色を呈し油潤しており,外面に白霜もなく,種子の抜き取りが充分で酸味・渋味があるものが良品で,陳くなったものや,肉の少ないものは劣品とされます。

 一般には強壮薬として理解されていますが,中国医学的には収渋,固渋薬に分類されるもので,漏れ出る精を留める結果,肝と腎を補益使用とするもので,こうした性質の薬物は一般に酸味と渋味があります。

(神農子 記)