基源:ウスバサイシン Asiasarum sieboldi F.Maekawa またはケイリンサイシン Asiasarum heterotropoides F.Maekawa var. mandshuricum F. Maekawa(ウマノスズクサ科 Aristlochiaceae)の根および根茎。

 今回は,この時期良く処方される小青龍湯,麻黄附子細辛湯などの構成生薬である細辛についてです。

 細辛の良質品とは,根が極めて細く,外部淡褐色内部白色で,あたかも「山椒」のようにいたって辛く,その気味が舌を麻痺させるように烈しいもので,また新しいものがよく,年を経て辛味のぬけたものは劣品であるとされます。細辛の名は,まさしくここから来ています。『神農本草経』の上品収載生薬ですが,古来作用の激しい薬物として使用量に注意がうながされてきました。宋代の陳承は「細辛の粉末を単用する場合は,半銭匕(さじ.1銭匕は約1gに相当)を越えてはならない。多いとすなわち気が悶塞し,通じなければ死ぬ」と記し,また清代の『得配本草』には「その性味は極めて辛烈である。気血が虚している者には1〜2分(1分は約0.3g)で十分効果がみられ,多くとも3〜4分で止めるべきである。もし7〜8分ないし1銭(1銭は約3g)も用いると真気が散り,虚気が上がり,一時悶絶する」としています。

 さて,異物同名品は生薬にはつきもののようですが,細辛もずいぶんと基源の混乱があります。細くて辛いものなら他にもありそうですし,それに正品と考えられるウスバサイシンの仲間にはカンアオイの仲間(同じウマノスズクサ科の Asarum 属植物)を始めずいぶんと良く似た植物が数多くありますので,異物同名品の存在は当然のことであったと思われます。宋代の本草書『図経本草』に,「今の人は多く杜衡をもってこれに充てているが杜衡は吐き気を催すので用いるときには細かく弁別しなければならない」とする記載がみられ,このころから杜衡すなわちカンアオイの仲間が間違って使用されていたようです。また明代の李時珍は,杜衡,鬼督郵,徐長卿,白微,白前などとの混乱を指摘しており,他の生薬との混乱も多かったようです。これらの中で,徐長卿や白微はガガイモ科のカモメヅル属(Cynanchum)の植物であり,『証類本草』の付図の3つのうちの1つにそれらしきものがあることから,ずいぶんと古い時代から混乱していたことが伺えます。また,明代の『本草蒙筌』の付図は,この地上部が Asiasarum 属植物とは似ても似つかない植物のみしかなく,混乱の程度も単なる代用品というレベルではなく相当なものであったようです。この混乱は今日まで続き,最近の中国市場品60点余りを調査した結果,『中華人民共和国薬典』規定外品が1/3を占めていたという報告もあります。

 また基源の混乱は植物の違いだけではありません。日局では薬用部位を「根および根茎」としていますが,中国では「全草」が規定されています。しかし,本草文献にはいずれも「根」つまり「地下部」が記載されていますので,やはり正品は地下部であり,近年になって全草が用いられ始めたようです。最近の中国人研究者の報告によりますと,1950年代初めまでは,中国でも「地下部」を利用していたようですが,生薬の購入に際し薬店は植物の弁別のため地上部のついた生薬を採集者に求めるようになり,鑑別後に地上部を廃棄していました。それほど市場での混乱が激しかったのでしょう。おかげで正品の供給はできるようになりましたが,今度は,細辛の資源の減少に伴い地上部も廃棄せずに使用するようになったということです。

 品質を評価する上での一つの要素となる辛味成分は精油に含まれていますが,根と葉では葉における含量がかなり少なく,また葉は「全草」の約45%を占めるということは古方の使用量の数倍にして初めて薬効がみられるという臨床報告も示すように,やはり基源は「根および根茎」とされなければならないでしょう。なお,多用したときに吐き気その他の有害作用を現わす成分はサフロールであるとされています。

(神農子 記)