基源:トウキ Angelica actiloba Kitagawa またはその近縁植物(セリ科 Umbelliferae)の根を,通例,湯通ししたもの。

 当帰は,婦人病の要薬として良く知られています。とくに補血,活血薬として,四物湯や当帰芍薬散など,多くの繁用処方に配合されています。

 漢方生薬は本来中国産ですから,中国のものを使用したいところですが,産地国から容易に輸入できる近年ではそれが可能でも,昔は,とくに鎖国時代には容易に入手できなかったことは想像に難くありません。わが国には奈良時代から,制度上は採薬師がいて,和産のものを採取利用していました。おそらく大陸からやってきた知識人がその役目を担っていたものと思われますが,遠く離れた中国と日本に全く同じ植物が生育しているとはかぎりません。むしろそうでない場合の方が多い訳で,止むなく良く似た代用品が採集されたのでしょう。それでも植物学的には同属植物であったり,そうでなくともかなり近縁の植物が採集されたことは驚くべきことです。

 さて,そうした理由で,現在でも中国と日本とでは原植物がわずかに異なった生薬が利用されている例が多く見受けられます。当帰もそうした生薬の一つです。

 中国では現在,当帰の原植物はカラトウキ Angelica sinensis (Oliv.) Diels とされています。この植物はわが国には自生せず,わが国にはトウキ Angelica actiloba Kitagawa またその変種が数種類自生しています。カラトウキとわずかに異なるとは云え,植物体も生薬としたときの香りも良く似ています。代用品として合格した訳です。これが17世紀中頃から栽培化され始め,品種改良されてきたとされています。日本各地でその土地の野生種が採集また栽培されたためか,日本産と云えども少しずつ品質が異なっていたようで,産地により,常陸当帰,仙台当帰,越後当帰,伊吹当帰などと呼ばれていました。現在では大きく北海当帰と大深当帰に区別され,前者は主に北海道,後者は奈良県で栽培されています.形は北海当帰よりも大深当帰の方が細い根が多く,古来良質品と云われてきた「馬尾当帰」の形状に近いものです。現在,産量は北海当帰の方が多いです。

 一方,中国産の当帰は細い根が少なく,馬尾のようではありません。古代の中国当帰の原植物が現在と同じものであったか否かは疑問が残るところです。中国産の当帰は日本産に比べますとたいへん芳香が強く,良質品のように思われますが,薬効的な研究はほとんど進んでいません。ただ近年の研究では,皮下深温の上昇作用に関しては日本産の方が優れているとする報告があります。(値段は現在のところ中国産はかなり高価で,今の保険点数では利用が困難です。)

 当帰は一般に酒で加工することになっています。当帰の入った処方がしばしば酒で煎じられたり,また酒で服用されるのはこのためです。また,当帰を酒に1夜浸すと香りがぐっと良くなります。原植物の違いによる薬効の差は気になるところですが,同じものでも酒で加工したものとしていないものとの薬効的な差も興味あるところです。また金元四大医家の一人の張元素は「根頭部は止血し,尾部は血を破り,中央部は血を和す」と述べ,李時珍は「根頭部は身体の上部を治療し,中央部は中ほどを治療し,尾部は下方を治療する。身体全体を治療するときには根の全体を用いる」としています。実際,中国では「当帰頭」「当帰尾」の商品が流通しています。こうした用部による薬能の違いも今後の検討課題ではないかと思われます。

(神農子 記)