基源:オウレン Coptis japonica Makino またはその他同属植物(キンポウゲ科 Ranunculaceae)の根をほとんど除いた根茎。

 「薬草」という言葉からは,「苦い」「まずそう」といったようなことが思い浮かびますが,どうも「可愛い」というイメージはないようです。しかし,薬草の中にも可愛い花があります。オウレンはその一つでしょうか。早春2月頃から咲き始めますのでその気になって山野や植物園にでかけないと見ることはできませんが,白い,時にややピンクがかった花を束のように咲かせる姿は実に可愛いものです。最近園芸ショップでオウレンの鉢植えが売られているのは葉の美しさもさることながら,やはり花をめでるためでしょう。

 さて,オウレンの根茎を基源とする漢薬「黄連」は,『神農本草経』の上品に収載されています。上薬すなわち不老長生薬というわけですが,良薬口に苦し,味の方はイメージに違わずたいへん苦いものです。

 黄連は中国薬物として有名ですが,その原植物はわが国にも野生しています。局方に収載されているのはその日本産の植物で,中国産はCoptis chinensisC.omeiensisC.deltoidea など,別種の植物です。

 国産の黄連は,『一本堂薬選』(1729年)に「加賀黄連」の名がみられ,現石川県産のものが有名でした。隣県の「越前黄連」を含め,北陸に産するオウレンは葉の切れ込みが少なく,キクバオウレン(菊葉黄連)と称されるものです。一方,「丹波黄連」として有名な現兵庫県山南町で栽培されるものはセリバオウレン(芹葉黄連)と呼ばれる切れ込みの多いものですが,中間形もあります。加賀黄連と丹波黄連については,一色直太郎氏の『和漢薬の良否鑑別法及調製方』に,「形状が彊蚕に似て,皮部淡緑色,内部深黄色の極苦いものが上等です。これを彊蚕様(きょうざんで)又は加賀黄連ともうします。丹波黄連は形状及び色相は前と同じですが,瘠せて小さくあります。総べて堅実まる内部黄色の苦味の多い太いものがよろしい」という記載がみられます。一般にセリバオウレンの根茎はキクバオウレンより細いとされ,こうしたことから丹波黄連より加賀黄連の方が良質とされてきたものと思われます。実際,『古方薬議』にも「加州の物を上品,奥州,羽州の物を次品,丹州,若州,江州の物を下品」とする記載がみられますが,昨今は丹波黄連の出荷量が多くなっています。

 栽培黄連は現在では秋に収穫され,細根を大雑把に切り取ったのち,やや乾燥させ,残った細根を火で焼き,根茎部だけにします。そのとき莚などでこすって細根をきれいに取り去ったものを特に「磨黄連(みがきおうれん)」と称していますが,今では機械にかけて調製しています。

 わが国では奈良時代に中国産黄連の代用品としてオウレンを利用し始めたのですが,本場の中国では産出量が十分ではなかったため,江戸時代には日本から中国へ輸出していました。日本では「倭黄連の質の方が勝れている」といった記載が古書に見られますが,中国側の古書には「倭産の物は劣ると」いう記載があり,いにしえの野生品の品質がどうだったのかわかりませんが,昨今の国産黄連は品質的に決して中国産に劣るものではないと思われます。黄連はわが国でほぼ100%自給される生薬の一つですが,最近では価格の面で中国産に押され気味で,栽培が衰退し始めていることは,品質面から考えても惜しいような気がします。

 以下,中国産黄連の特徴を記しておきます。

 1.味連,川連(C.chinensis の乾燥根茎):
根茎が数本に分岐し,少し湾曲して全体にニワトリの足爪に似ているのが特徴。根茎には不連続な凹凸ある横紋がみられ,結節の部分が太く,数珠の様な形をしている。中には横紋がなく,なめらかなものもあり,こうした部分を過江枝あるいは過橋と通称する。
すべて栽培品。
主産地は四川,湖北,また陝西省(平利)。

 2.雅連,峨眉連(C.deltoidea の乾燥根茎):
多くは分枝が無い。根茎は円柱形に近く,少し曲がってカイコに似ている。不連続の横紋が多く,味連に比べ過江枝が少ない。
すべて栽培品。
主産地は四川省(峨眉,洪雅)。

 3.野黄連,鳳尾連(C.omeiensis の乾燥根茎):
根茎の外形は雅連に似ているが,上端に長さ6〜10cmの葉柄が多く残留していて,これが野生品であることを示している。過江枝はみられず,鱗片が多く残留し,やや堅い髭根をもつ。
すべて野生品。
主産地は四川省(峨眉,洪雅,峨辺)で,産出量は非常に少なく,わが国で
の市場性はない。

(神農子 記)