日本薬局方(日局、第19改正)に「マシニン(麻子仁・火麻仁)CANNABIS FRUCTUS」はアサCannabis sativa Linné (クワ科Moraceae)の果実と記載されて、漢方では瀉下薬として用いられる生薬です。性状は僅かに扁平な卵球形を呈し、外面は灰緑色~灰褐色を呈して艶があり、白色の網脈模様があり充実し、種子はやや緑色を帯びて内部には灰白色の胚乳があるものが良品とされます。本品100粒の質量は1.6~2.7gであり、ほとんどにおいはないが、かめば香ばしく、味は緩和で油様であると規格されています。
『神農本草経』の上品に麻賁(マフン)と麻子(マシ)と収載され、麻賁はアサの若い雌花で「味辛平、多食令人見鬼狂走」とあり、我が国の「大麻草の栽培の規制に関する法律」でいう「大麻」であると考えられます。麻子の薬効は「味甘平、中を補い気を益す云々」とあり、麻の実である「麻子仁」であることが分かります。『神農本草経集注』に大麻子(タイマシ)と収載され、『中薬大辞典』には火麻仁(カマニン)と記されています。中国では一般に火麻仁といわれています。
成分としてはリノール酸、リノレン酸、オレイン酸などからなる脂肪油を約30%含むほか、糖質、タンパク質、塩基性物質のコリン、レシチンなどを含みます。抽出物に血糖降下、油性成分に便を軟らかくして排便を促進する作用が認められています。
性味は甘・平で、帰経は脾・胃・大腸で、腸の津液(しんえき:人体を構成する透明の体液)を補い乾燥便の排出を容易にする、補血する効能があるので、漢方では乾燥性便秘、月経不順に用いられます。
配合応用としては、麻子仁+杏仁は腸を潤滑にして胃熱による腸燥便秘や習慣性便秘を治す(麻子仁丸)、麻子仁+当帰は熱病による津液の枯燥および血虚(血の栄養作用の不足)による老人、虚弱者、産後などの腸燥便秘を治す(潤腸湯)、麻子仁+地黄は津液・血虚を補い強壮して動悸を治す(炙甘草湯)の3処方がありますが、主に津液不足の乾燥性の便秘に用い、麻子仁の油性成分によって腸を潤滑し通便をはかる瀉下薬として利用されています。ただ、麻子仁は食用としても重要であったことから、強い下剤とは考えられません。中医学では麻子仁は蜂蜜とともに潤下薬とされますので、腸を潤すことによって自然にお通じをつける薬物で、老人や虚弱者、産婦が使用できる数少ない瀉下薬の一つと考えられます。なお、使用量を誤ると中毒を起こすことを警告する報告もありますから注意が必要です。
現在、アサ(麻)は葉緑体DNAの解析に基づくAPG分類体系によりアサ科Cannabiaceaeに分類されています。アサ科はCannabis属とビールの苦味となるホップが属するHumulus属の2属3種からなる小さな科ですが、かつてはクワ科Moraceaeに分類されていました。しかしながら、乳管がなく、種子に胚乳があることなどから、現在ではアサ科として独立しています。アサは古くから衣料用繊維として有名ですが、果実は五穀の一つにも数えられ、古来、繊維のみならず果実も薬用また食用にと用いられてきました。麻の実は生薬の麻子仁として、また苧実(おのみ)と称して七味唐辛子にも調合されています。実の油性成分は乾性油で、空気中に放置すると容易に酸化されて黄褐色固形物に変質してしまうので、使用時に必要量だけ脱殻するのが望ましいです。腸を潤す麻子仁を薬物としてのみならず、食として暮らしの中にもっと上手に取り入れても良いと思われます。
Cannabis属には2品種があり、一つは中央アジアで一万年前から栽培されていたといわれる繊維作物としてのアサ(C. sativa L.)のカンナビジオール(CBD)品種で、熱帯から寒帯まで世界中に広く分布し高さ3mにも伸びる成長の早い一年草です。日本にも古くから本種が自生していて繊維として夏の衣服、麻袋、蚊帳、神主の幣、お盆の苧殻(おがら)などに利用されてきました。もう一つのテトラヒドロカンナビノール(THC)品種は、古来アラビアでは油脂を吸煙すると酩酊・陶酔作用があることが知られていた熱帯性のインドアサ(C. sativa L. var. indica)で、雌株の花穂と葉をつけた茎の上部及び枝端はハッシッシあるいはマリファナとも呼ぶ幻覚発現薬となります。江戸時代の『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』(1712年)には大麻(あさ)と振り仮名がされています。
繊維成分が多いCBD品種と、油脂が多く酩酊作用を持つTHC品種は、形質が入れ替わりやすくTHC品種の方が遺伝的に優勢なので、両者が栽培中に交配するとTHC品種の形質が強く表れます。そのため、我が国ではCBD品種であっても「大麻草の栽培の規制に関する法律」で規制されています。「大麻」の定義を大麻草及びその製品とし、成熟した茎及びその製品(油脂を除く)並びに種子及びその製品を除くと規定されています。
現在、海外ではCBDには抗不安、抗てんかん、神経保護、血管弛緩、抗けいれん、抗虚血、抗がん、抗菌、抗糖尿、抗炎症などの薬効が列挙されて医療に応用されています。
