日本薬局方(日局、第18改正)に「シャクヤク(芍薬):PAEONIAE RADIX」と収載され、基原はシャクヤクPaeonia lactiflora Pallas (ボタン科:Paeoniaceae)の根であると記載されて、漢方では補血薬として用いられる生薬です。本品は定量するとき、換算した生薬の乾燥物に対し、ペオニフロリン2.0%以上を含むと規定され、性状は円柱形を呈し、肥大して外面は褐色~淡灰褐色、内部は微赤色から白色で充実し、やや柔軟性を有し、収斂性とやや苦みがあり、特有の香りが強いものが良品とされます。
中国東北部、東シベリア、朝鮮半島原産の多年草で、我が国には奈良時代に渡来したといわれ、室町時代には栽培の記録があります。名前の通り元々は薬用に使用され、後に観賞用となりました。江戸時代には「茶花」として観賞され、品種改良も行われた古典園芸植物です。薬用には、現在では奈良・長野・福島県や北海道で主に栽培されています。
『神農本草経』の中品に収載され、古来、腹痛などの鎮痛・鎮痙、また婦人病の改善を目的として使用されています。現在、中国では「白芍」と「赤芍」に区別して用いていますが、白芍と赤芍との薬効の違いについては『傷寒論』に「白いものは補い、赤いものは濯ぎ出し、白いものは収め、赤いものは散らす」と記され、明代の李時珍の『本草綱目』には「白は金芍薬、赤は木芍薬。根の赤白は、花の色に従う」と述べられ、白花の品種(または花色の薄い品種)の根を白芍とし、赤花(または花色の濃い品種)の根を赤芍としています。薬効的には「白芍は補血・止痛薬」、「赤芍は活血・清熱薬」と定着したのは金元医学の時代で、本草書に白芍と赤芍を明確に名称で区別して記載されるようになったのは明代初期です。
しかしながら近年の古文献研究から、白芍と赤芍の相違は、野生品や栽培品、基原植物の違いによるのではなく、外皮の有無によると結論されています。中国では野生種の根の外皮を付けたまま乾燥したものを赤芍、栽培種の根の外皮を取り去り湯通し後に乾燥したものを白芍としていて、白芍は主に補血・止痛薬として、赤芍は主に活血・清熱薬として用いられています。
現在、四川省で栽培されたシャクヤクの根皮を付けたまま乾燥したものも日局の芍薬に適合することから、日本では赤芍として使用されています。
成分としてモノテルペン配糖体のペオニフロリン、アルビフロリン、オキシペオニフロリンなど、モノテルペンのペオニフロリゲノンなど、ガロタンニンなどを含みます。
成分化学的には外皮にペオニフロリンやアルビフロリンの含量が高いこと、また栽培種より野生種の方が高いことが知られており、白芍・赤芍の効能の差がこれらの成分に由来している可能性が考えられます。我が国の日局に収載されている芍薬は中国でいう白芍とは異なり、もっぱら栽培種の根の皮を付けたまま乾燥したもので成分化学的にも理にかなったものです。
ペオニフロリンには鎮静・鎮痛・胃運動および子宮運動の抑制・抗炎症・抗アレルギー・抗ストレス潰瘍作用が、また甘草成分グリチルリチンとの併用で相乗的に筋弛緩作用を示すことが知られています。
性味は苦酸・微寒、帰経は肝・脾で、血を養い肝を和らげる、胃部の緊張を緩め止痛する、陰虚による寝汗に対して陰分を補い且つ体表を固めて寝汗を止めるなどの効能があるので、胸腹脇肋の疼痛、下痢による腹痛、自汗(自然に発汗する)、寝汗、陰虚発熱(血虚や津液不足により発熱、機能亢進する)、月経不順、異常子宮出血、帯下などに用いられます。
配合応用としては、芍薬+甘草は筋の緊張または痙攣による脇痛・腹痛・手足痛(こむら返り)を治す「芍薬甘草湯」、芍薬+当帰は貧血による動悸、めまい、耳鳴り、生理痛、痙攣、冷え症、腹痛を治す「当帰芍薬散、四物湯」、芍薬+地黄は血虚によるめまい、生理出血の少ないものなど、各種の血虚証を治す「四物湯、芎帰膠艾湯」、芍薬+桂皮は体表の衛気を調え発汗を抑える「桂枝湯」、芍薬を倍量にすると腹痛を治す効能が現れる「桂枝加芍薬湯、小建中湯」、芍薬+枳実は筋肉の緊張を緩め胸脇苦満および膨満感を治す「大柴胡湯」、排膿作用を有する「排膿散」など、緊張緩和・通経・止汗を目標にした多くの漢方処方に配合されています。
なお、シャクヤクは初夏に大きな花を咲かせるため観賞用として栽培されていますが、薬用にするときには蕾を全部摘み取り、植え付けから4~5年栽培した後の肥大した根を用います。同属植物の落葉低木ボタン(P. suffruticosa)の根皮は「牡丹皮」と称して薬用とします。ボタンの栽培には、シャクヤクを台木にして接ぎ木栽培して自根を発生させ、5年以上栽培した根を掘り上げて用いる方法もあります。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」とは婦人病の生薬の使い方を謳った言葉ですが、シャクヤクは私たちにもボタンにとっても大切な植物なのです。
