日本薬局方(日局、第18改正)に「サイコ(柴胡):BUPLEURI RADIX」と収載され、基原はミシマサイコBupleurum falcatum Linné (セリ科Apiaceae:Umbelliferae)の根であると記載されて、漢方では清熱薬として用いられる生薬です。本品は定量するとき、換算した生薬の乾燥物に対し、総サポニン(サイコサポニンa及びサイコサポニンd)0.35%以上を含むと規定され、性状は細長い円錐形~円柱形を呈し、外面は淡褐色~褐色で深いしわがあり、質は緻密で柔軟性があり、ひげ根は無く、特異なにおいがあって味は僅かに苦いものが良品とされます。
ミシマサイコ(三島柴胡:近年の学名はB. stenophyllum Kitag.)は東アジア温帯各地に自生し、我が国では本州から四国・九州の日当たりのよい山野に自生する多年草で、近年では乱獲により絶滅危惧種となっています。和名は静岡県三島市に集荷されていた伊豆地方の柴胡の品質が優れていたことに由来し、和柴胡とも呼ばれて野生品は品質最高といわれて来ました。現在では茨城、宮崎、熊本、鹿児島県を中心に栽培されていますが、品質は野生品には及ばず、かつ需要の約2%で、ほとんどが中国から輸入されています。中国産の柴胡の基原植物にはいくつかの種類がありますが、市場品は主にマンシュウミシマサイコ(北柴胡:B. chinense)とホソバミシマサイコ(南柴胡:B. scorzonerifolium)です。北柴胡は国産の柴胡とほぼ同じ植物とされ、中でも天津から輸出されるものを津柴胡ともいっています。
『神農本草経』の中品に収載され、また『本草綱目』などにも記載されて、その薬能は「胸脇苦満を主治し、寒熱邪気を去り、腹中痛、婦人産前後の諸熱、黄疸を兼治す、云々」といわれ、我が国では柴胡の配合された処方を特に「柴胡剤」と総称して慢性疾患や体質改善の治療に幅広く応用しています。
成分としてはトリテルペノイドサポニンのサイコサポニンa~f、ステロールのスピナステロール、スチグマステロール、脂肪酸のパルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、そして多糖類などが含まれます。柴胡の粗サポニンには解熱、抗炎症、抗アレルギー、肝障害改善、抗潰瘍、抗ストレスなどの作用があることが報告されています。
性味は苦・微寒、帰経は肝・胆で、表裏を和ませ解き、疏肝(肝気の鬱結を疏散)し、昇提(下部に沈滞した気を上半身や頭部辺りに上昇させる)の効能があるので、寒熱往来、胸脇苦満、口苦、耳聾(聴力減退)、頭痛眩暈、下痢脱肛、月経不順、子宮下垂などに用いられます。
配合応用としては、柴胡+黄芩は感染症の少陽病期で邪が半表半裏にあり寒熱往来といわれる悪寒と発熱の反復(風邪の後期症状)、咳嗽、口苦咽乾、食欲不振、嘔気を治す「小柴胡湯」、「小柴胡湯」+「桂枝湯」は腹痛を伴う胃腸炎、微熱、寒気、頭痛吐き気などのある感冒・風邪の後期症状を治す「柴胡桂枝湯」、柴胡+「温清飲」は小児の解毒証体質の治療に用いられる「柴胡清肝湯」、柴胡+芍薬・枳実は肝の機能異常による胸脇苦満といわれる膨満感や圧痛、ストレスによる腹痛や消化性潰瘍、食欲不振、神経質、黄疸、月経不調を治す「大柴胡湯、四逆散」があります。さらに、柴胡+当帰・芍薬・薄荷は更年期症状にみられる自律神経失調症や胸部の炎症を除き煩悶感を治す「加味逍遙散」、柴胡+釣藤鈎・茯苓は虚弱な体質で神経がたかぶる小児疳症や神経症、不眠症に用いる「抑肝散」、柴胡+竜骨・牡蠣は不眠症や心悸亢進、いらだち等の精神症状を治す「柴胡加竜骨牡蠣湯」、柴胡+麻黄・杏仁は神経症を兼ねた喘息に用いる「神秘湯」、柴胡+升麻・人参・黄耆は虚弱体質などで倦怠無力感、胃下垂、子宮下垂、脱肛、下痢を治す「補中益気湯」、柴胡+当帰・黄芩は脱肛、痔核の症状を治す「乙字湯」などがあり、解熱・解鬱・昇挙(気を上昇し内臓を引き上げる働き)を目標にした多くの漢方処方に配合されています。
なお、『傷寒論』における柴胡は「小柴胡湯」や「大柴胡湯」の用例にみられるように、少陽病の清熱薬として特徴的に用いられています。日本の漢方における用法もこれに準じています。中国では金元時代になって帰経学説(薬物の作用を臓腑経脈に関連付けて治療効果を説明)などの学説が普及するに従って柴胡の薬能も変化し、昇提薬として用いられることが多くなりました。例えば、「補中益気湯」のように黄耆・升麻と共に昇提作用を目的に用いられました。さらに清代から現代に至って温病学説(疾病は傷寒:寒邪によるものではなく温病:温性の邪によるものとの説)が盛んになると、辛涼解表薬として使われるようになり、現代の中医学では辛涼解表薬に分類されています。
かつて肝障害の患者へ小柴胡湯エキス製剤の投与により間質性肺炎の副作用を起こすとして当時の厚生省から医薬品等安全性情報が出されましたが、これが何に起因するかは明確にされていません。
