日本薬局方(日局、第18改正)に「バクモンドウ(麦門冬):OPHIOPOGONIS RADIX」と収載され、基原はジャノヒゲOphiopogon japonicus Ker-Gawler(キジカクシ科:Asparagaceae;ユリ科:Liliaceae)の根の膨大部であると記載されて、漢方では温病補陰薬として用いられる生薬です。性状は紡錘形を呈して一端はやや尖り、他端はやや丸みを帯びて、外面は淡黄色~淡黄褐色で大小の縦じわがあり、皮層は柔軟であるがもろく、折面は淡黄褐色で光沢があり、噛むと僅かなにおいと粘り気があって味の甘いものが良品とされます。別名、麦冬(ばくとう)とも呼ばれます。我が国の市場品の大半は四川省や浙江省の栽培品です。
『神農本草経』の上品に収載され、その薬能は「主として心腹結気(しんぷくけっき:胸腹部に硬結があること)、傷中傷飽(しょうちゅうしょうほう:臓腑の気が傷つくこと、胃腸障害)、胃絡脈絶(胃の静脈が滞ること)、羸痩(るいそう:体力が衰えて痩せが著しいこと)、短気(呼吸促迫)を治す。久しく服すれば身の動きが軽くなり、歳を取っても老いず、飢えに苦しむこともない」と記されています。
ジャノヒゲ属は東アジアからフィリピン森林に広く分布しますが、ジャノヒゲは我が国では北海道から九州までの丘陵地の林縁や林内、山野の樹木下に自生し、家の庭などに栽培される常緑多年草です。リュウノヒゲ(竜の鬚)ともいわれます。『本草綱目啓蒙』(小野蘭山著:1803‐05年刊)では麦門冬の別名を「ジヤウガヒゲ:尉の鬚」とあり、これは能面で老人の面である「尉(じょう)の面の顎鬚(あごひげ)」に葉の形を見立てたものと推測しています。また、『植物和名の語源探究』(深津正著:2000年刊、八坂書房)には蛇には鬚が無いので「ジャノヒゲは蛇の鬚ではない」と記載されています。このことから、和名の由来はジョウノヒゲが転訛してジャノヒゲになったものと考えられます。
ジャノヒゲは耐暑性と耐寒性を兼ね備え、日光や乾燥にも耐性を持ち、日陰から日向まで場所を選ばず育つことから、その園芸品種のチャボリュウノヒゲ(タマリュウ、ギョクリュウ)やオオバジャノヒゲなどと共に庭のグランドカバーとして用いられています。
生薬としては、5月下旬から6月に株を掘り上げて、膨大部(塊根)を採取して水洗いし、乾燥を早めるため湯通しをして天日乾燥させます。塊根の中心柱を取り出したものは良品とされます。
成分としてはステロイドサポニンのオフィオポゴニンA~D、ホモイソフラボノイドのオフィオポゴノン、シトステロール、スチグマステロール、多糖類などが含まれます。主成分のオフィオポゴニン類に末梢性の鎮咳作用や亜硫酸ガスなどにより誘発される咳反射を抑制する作用が報告されています。
性味は甘微苦・寒、帰経は肺・胃・心で、陰を養う、肺を潤す、心を清める、煩を除く、胃を益す、津液を生じる、の効能があるので、咽喉および肺の津液を補い、胸部の煩悶感を除き、咳を止め、痰を除く代表的な滋陰薬の一つであり、虚熱の咳嗽や陰虚症状に用いられます。鎮咳・去痰作用として乾燥性の咳嗽・粘痰に用い、肺の津液を潤し、鎮咳去痰します。また、滋陰・清熱作用として体内の津液を補い、口渇を止め、陰虚発熱による寝汗を治します。
配合応用として、麦門冬+粳米・人参・半夏は胃および肺の津液を補い鎮咳去痰するので咽喉頭炎や気管支炎などで痰が少なく、むせるような咳嗽を治す「麦門冬湯」、麦門冬+天門冬・桑白皮・貝母は肺の津液を補い、肺燥を治して鎮咳去痰するので慢性気管支炎などで粘稠な痰が多くて切れにくい激しい咳き込みに用いる「清肺湯」、麦門冬+地黄・知母・黄柏は肺結核などの慢性の炎症があり、皮膚が乾燥し、痰が切れにくく長引く咳を治す「滋陰降火湯」、麦門冬+当帰・川芎は血虚や瘀血があって下腹部が冷え、手足が火照り、月経異常がある場合に用いる「温経湯」、麦門冬+蓮肉・地骨皮は慢性的な煩躁や不眠、口渇、排尿障害などに用いる「清心蓮子飲」、麦門冬+人参・竹筎は胃および肺の津液を補い、煩躁を治すのでインフルエンザや肺炎などで咳や痰が多く安眠出来ないときの「竹茹温胆湯」、麦門冬+人参・五味子は夏に発汗し過ぎて起こる全身倦怠感や食欲不振などの症状を治す「清暑益気湯」などと、止咳・補陰を目標にした漢方処方に配合されています。
なお、麦門冬は天門冬(同科のクサスギカズラAsparagus cochinchinensis Merrillのコルク化した外層の大部分を除いた根を湯通し又は蒸したもの)と効能が良く似ており、しばしば併用されて「二冬」と称されることがあり、特に高齢者などの慢性の咳嗽や粘稠痰の症状に適しています(清肺湯)。
民間では、滋養強壮、鎮咳去痰、止渇、利尿を目標に、麦門冬6~10gを水400mLで半量になるまで煎じ、1日3回に分けて服用します。
