甘草は日本薬局方(日局、第18改正)に「カンゾウ(甘草):GLYCYRRHIZAE RADIX」と収載され、基原はGlycyrrhiza uralensis Fischer又はG. glabra Linné (マメ科:Fabaceae : Leguminosae)の根及びストロンで、ときには周皮を除いたもの(皮去りカンゾウ)と記載されて、漢方では補気強壮薬として広範囲にわたって用いられる生薬です。本品は定量するとき、換算した生薬の乾燥物に対し、グリチルリチン酸2.0%以上を含むと規定され、性状はほぼ円柱形を呈して外面は暗褐色~赤褐色で縦じわがあり、周皮を除いたものは外面が淡黄色の繊維性で、弱いにおいがあって味は甘いものが良品とされます。
カンゾウ属(甘草属)は地中海から小アジア地方、中央アジア、中国北部、北アメリカなどに自生し、東北甘草(ウラルカンゾウ:G. uralensis)や西北甘草(スペインカンゾウ、リコリス:G. glabra)など18種が知られています。中国から日本への輸入品は、東北甘草は内蒙古自治区東域や中国東北諸省産など、西北甘草は内蒙古自治区西域や甘粛省産などが流通していますが、中国市場での混在もあってそのほとんどがウラルカンゾウともいわれています。また、甘草は熱を加えて炙甘草(しゃかんぞう)としたものも流通しています。なお、皮去り甘草は粉末として用いるので漢方薬の原料としては使用されません。甘味が強いため(グリチルリチン酸は砂糖の150倍)に甘草という名があり、甘味料としてお菓子、醤油、漬物やタバコなどにも用いられています。英語ではリコリス(Licorice)といい、リコリス菓子やルートビアと呼ばれるソフトドリンク、リキュールなどの原料としても利用されています。
成分としてはトリテルペノイドサポニンのグリチルリチン酸(グリチルリチン)、フラボノイドのリキリチゲニン、イソリキリチゲニンなどを含みます。
性味は甘・平、帰経は脾・胃・肺で、補気・清熱解毒・止痛・止咳作用があるので、胃腸の虚弱、腹痛、下痢、動悸、咽喉腫痛、消化性潰瘍、腫れ物、薬毒などに用いられます。一般に生で用いれば清熱解毒の力が強く、炒めた炙甘草は補気作用が強くなります。また「百薬の毒を解す」といわれるように他の生薬の刺激性や毒性を緩和する目的でも配合されます。このため、漢方ではもっとも基本的な生薬の一つと考えられており、「国老」という別名もあります。
配合応用として、甘草+芍薬は筋の緊張または痙攣による脇痛・腹痛・手足痛を治す「芍薬甘草湯」、さらに柴胡と枳実を加えると胃十二指腸潰瘍や胆石症などの腹痛を治す「四逆散」、甘草+乾姜は陽気を巡らし体を温め、脾胃虚寒による胃痛・嘔吐を治し、薬物および食べ物の中毒を解毒する「甘草乾姜湯・甘草瀉心湯」、甘草+桔梗は排膿・鎮咳去痰し咽喉痛・扁桃痛を治す「桔梗湯」などと、滋養・消炎・止痛・調和・鎮咳作用を目標に国内で発売されている漢方薬の約7割の処方に配合されています。なお、甘草は単味であっても『傷寒論』で甘草湯と呼ばれ、咽頭炎や口内炎の初期で痛みがあるときに用いられます。
甘草は洋の東西を問わず古くから薬として用いられてきました。西洋ではヒポクラテスの『全集』やテオフラストスの『植物誌』などに記述がみられ、中国最古の本草書『神農本草経』には上品として収載、また『名医別録』にも収載されて、多方面にわたる解毒作用と諸薬の調和作用が述べられています。グリチルリチン酸の薬理作用には副腎皮質刺激ホルモン様作用のほかに、抗炎症・抗潰瘍・鎮咳作用などがあり、特に肝機能改善薬として広く用いられています。また近年の研究で抗HIV活性が報告され、エイズ治療薬としても注目されています。西洋薬にも強力ネオミノファーゲンシー®やグリチロン®などいくつかのグリチルリチン製剤があります。グリチルリチン酸を加水分解して得たグリチルレチンは、その消炎作用から目薬としても用いられています。さらに、グリチルリチン酸やその他の甘草から得られる物質は消炎作用や美白の効果を持つため、化粧品や医薬部外品の原料としても重要です。
甘草の多量投与による副作用として偽アルドステロン症(低カリウム血症、血圧上昇、浮腫など)、ミオパチーなどが知られており、高齢者や女性、また利尿剤併用時には甘草が配合された処方は使用に留意すべきです。
日本でのカンゾウの栽培は300年以上前から行なわれており、江戸時代には山梨県甲州市の甘草屋敷や江戸の小石川御薬園で栽培されていました。現在は輸入品の方が安いため、ほぼ100%を中国などからの輸入に頼っています。しかしながら、乱獲による絶滅が懸念されているため国産カンゾウの栽培が種々検討されてきました。近年、某国内メーカーが量産化に成功して北海道で栽培が行われており、メーカーによっては甘草をすべて国産に切り替えています。
