升麻は日本薬局方(日局、第18改正)に「ショウマ(升麻):CIMICIFUGAE RHIZOMA」と収載され、基原はCimicifuga dahurica Maximowicz、C. heracleifolia Komarov、C. foetida Linné又はサラシナショウマC. simplex Turczaninow (キンポウゲ科Ranunculaceae)の根茎と記載されて、漢方では発汗解表薬の中の辛涼発表薬として用いられる生薬です。性状は結節状不整形を呈し、外面は暗褐色~黒褐色で多数の根の残基を付け、折面は繊維性で髄は暗褐色を呈し、質は軽くて堅く、ほとんどにおいがなく味は苦くて僅かに渋いものが良品とされます。
サラシナショウマ(晒菜升麻)は北海道から九州、中国、朝鮮半島、シベリアにかけて分布する多年草で、各地の山野や落葉樹林下の半日陰地に自生しており、夏から秋にかけて白い小花を穂のように咲かせます。和名は、若芽を茹でてから水に晒して山菜として食べたことに由来します。国産の升麻は生薬として用いられたことがありましたが、近年では山に入って手間の掛かる升麻堀りをする人がいなくなって入手が困難となり、現在は全て中国からの輸入品で賄われています
中国市場では、サラシナショウマの根茎を西升麻、フブキショウマ(C. dahurica)を北升麻、オオミツバショウマ(C. heracleifolia)を関升麻と称して流通していますが、我が国に輸入される升麻はほとんどが遼寧省、黒竜江省、河北省を主産地とする北升麻で、根茎の外皮が黒いため黒升麻とも呼ばれています。
升麻は『名医別録』の上品に収載された薬物ですが、その後の書物を紐解くと、花も葉も非常によく似たユキノシタ科のトリアシショウマ(赤升麻)が升麻の代用にされたことなど、基原植物には複数の植物が記載されていて中国でも混乱していたことが容易に想像されます。
成分としてトリテルペノイドのシミゲノール類およびその配糖体、クロモン誘導体のシミフギン、ケロール、アミオール、フェノールカルボン酸のカフェ酸、ステロイドのシトステロールなどを含み、解熱・鎮痛・抗浮腫作用や肛門部炎症を抑える作用などが認められています。
性味は甘・辛・涼、帰経は肺・脾・大腸・胃で、解表・透疹(とうしん:疹毒を透泄し発疹させて解する)・清熱・昇提(しょうてい:筋緊張の低下を改善する)の効能があるので、漢方では発汗と共に発疹を促して毒素を体外に排泄する目的で麻疹(はしか)や蕁麻疹などの初期に利用します。また咽喉や口腔内の炎症を清し、脱肛・子宮下垂・下痢・倦怠などの下焦(げしょう:三焦の一つで、臍から恥骨までを指し、大腸・小腸・膀胱・生殖器および肝臓などの機能を包括する)の気が虚した症状に用い、陽気を巡らせてこれらの症状を治す目的で用いられます。
配合応用として、升麻+葛根は高熱のない麻疹の初期に発疹を促して治す「升麻葛根湯」、升麻+柴胡・黄耆・人参は昇提作用により下痢や胃下垂、子宮下垂などを治す「補中益気湯」、升麻+柴胡・当帰・黄芩は昇提作用により脱肛や痔の疼痛を治す「乙字湯」、升麻+細辛は風湿(外湿が風邪と結合して身体に侵襲する)の邪を除き歯痛を止める「立効散」、升麻+辛夷・山梔子は清熱作用により鼻炎や副鼻腔炎による鼻閉を除く「辛夷清肺湯」などと、多くはありませんが辛涼発表薬とみなされる処方に配合されています。
民間では、のどの痛みなどに乾燥した根茎2gを1日量として煎じてうがいします。
ところで、漢方薬には日本人によって創られた処方が多くありますが、「乙字湯」はその一つです。江戸中期の水戸藩の侍医であった原南陽(はらなんよう:1753-1820)は創作した処方に甲乙丙丁を冠しましたが、戦陣で活用できる処方の2番目を意味する「乙字湯」は痔疾患の特効薬として有名です。原典では柴胡・黄芩・升麻・大黄・甘草・大棗・生姜の七味からなる処方でしたが、浅田宗伯が大棗・生姜を除いて当帰を加え六味として改良したもの(『勿誤薬室方函:ふつごやくしつほうかん』に収載)が、現在エキス顆粒製剤として保険収載され、中程度以上の体力のあるものの痔疾の疼痛、いぼ痔、切れ痔、脱肛、肛門出血などに広く用いられています。因みに「甲字湯」は桂枝茯苓丸に生姜と甘草を加味したもので瘀血の激しいもの(女性の血行障害、刀傷や内出血)、「丙字湯」は淋証(排尿障害ストレス)、ノイローゼ、「丁字湯」は胃腸病に用いられました。「乙字湯」の効能については、創薬した原・浅田は、痔疾の他に肛門陰部痛痒感、ノイローゼ、自律神経失調もあげています。
このように先達は、『傷寒論』を始めとする多くの古医書を紐解き、我が国の気候風土・文化に合わせた漢方処方を考案しましたが、身近な山野に自生する「升麻」の効能に焦点を合わせた処方が考案されたのも偶然ではないと思います。
