生姜は日本薬局方(日局、第18改正)に「ショウキョウ(生姜・乾生姜):ZINGIBERIS RHIZOMA」と収載され、基原はショウガZingiber officinale Roscoe (ショウガ科Zingiberaceae)の根茎で、ときに周皮を除いたものと記載されていて、辛温発表薬として漢方では欠かせない生薬です。本品は換算した乾燥物に対し、[6]-ギンゲロール0.3%以上を含むと規定されていて、乾燥が良く肉厚で色が黄白色で粉性に富み、特異な香気が強く味は極めて辛いものを良品とします。日局には「ショウキョウ末」も収載されています。
乾姜は同じく「カンキョウ(乾姜):ZINGIBERIS RHIZOMA PROCESSUM」と収載され、同基原の根茎を湯通し又は蒸したもので、漢方では温補薬として欠かせない生薬です。本品は換算した乾燥物に対し、[6]-ショーガオール0.10%以上を含むと規定され、辛味が強く切面が飴色か鼈甲のような色のものを良品とします。
『神農本草経』の中品には「乾姜」の名称で収載されており、「---中を温め、血を止め、汗を出す---生は尤も良し」と生のものについても言及されています。後漢に著された『傷寒論』では「生姜」、「生姜汁」、「乾姜」の3品が記されて使い分けられており、「生姜」は生のショウガの根茎と考えられます。明代の『本草綱目』では「生姜」、「乾生姜」、「乾姜」に記載が分かれ、「乾姜」の項では製法も記されています。『中薬大辞典』では、生姜の項には「夾雑物を取り去った後に泥を洗い落とし用事片に切る」、乾姜の項には「夾雑物を除いた後に水に3~6時間浸して取り出し薄片あるいはさいの目に切り日干しする」と記されています。
現在の日局には、生姜はショウガの根茎とのみ記載されていますが、市場品はほとんど周皮を剥ぎ、熱を加えて、あるいは天日により乾燥したものです。従って、古典で見られる「生姜」は生のショウガの根茎、「乾姜」は現在日本で流通している局方品の生姜に当たります。現在、日本でいう「乾姜」はショウガの根茎を蒸煮後に乾燥したものですが、古典を紐解くと両者の定義がかなり混乱して使用されていることが窺えます。このように、中国と日本での呼称が異なるため使用に当たっては注意する必要があります。
熱帯アジア原産のショウガは、インドでは紀元前3~5世紀には医薬品として用いられ、中国では紀元前7世紀には食用に、前5世紀頃から薬用にされていたといわれます。日本には2~3世紀頃に中国から伝来して奈良時代に栽培が始まり、『古事記』に「はじかみ」と記載があります。英名はgingerといい、日本でもジンジャーの別称で呼ばれています。高知県が主産地の近江生姜(黄生姜)や伝統野菜の出雲生姜など、国産のショウガは我々に最もなじみの深い香辛料です。
生姜は効果の範囲が広い上に効き目も強く毒性がないため、日本料理には赤い新ショウガが付き、寿司などにも薬味として使われています。「嘔吐の聖薬」といわれますが、それは体を温めて冷え症を改善するほかに、胃液の分泌を促進し、胃壁の血流を増加させることにより殺菌作用を発揮して食中毒を防ぎ、胃を丈夫にしてくれる効能があるからです。
成分としては精油のα-ジンギベレン、辛味成分の[6]-ギンゲロール、[6]-ショーガオールなどを含みます。[6]-ギンゲロールに中枢抑制・プロスタグランジン生合成阻害作用、[6]-ショーガオールに中枢抑制・鎮咳作用があり、解熱・鎮痛・鎮咳・鎮嘔・解毒作用などが知られています。
生姜の性味は辛・温、帰経は肺・脾・胃で、発汗し寒を除く、止嘔、去痰の効能があり、漢方では感冒、嘔吐、喘咳、下痢などに用いられます。
配合応用として、生姜+半夏は妊娠悪阻(つわり)や急性胃腸炎などによる嘔吐を止める「小半夏加茯苓湯」、生姜+呉茱萸は胃を温め、胃内停水を除き止嘔する「呉茱萸湯」、生姜+人参・陳皮は胃気を補い止嘔し、腹痛、下痢を治して食欲増進をはかる「六君子湯・茯苓飲」などと、発汗解表薬・止嘔薬とみなされる多くの処方に配合されています。
乾姜の性味は辛・熱、帰経は脾・胃・肺で、胃腸系を温めて寒を除き、陽気を巡らし冷えをとる効能があり、漢方では上腹部の冷えと痛み、嘔吐、下痢、水滞と冷えによる喘咳などに用いられます。
配合応用として、乾姜+人参は胃腸の冷えによる下痢、腹部の冷感、嘔吐を治す「人参湯」、乾姜+細辛は肺の水滞と冷えによる咳嗽、喘息様症状、水疱沫状の痰、めまいを治す「小青竜湯」、乾姜+半夏は胃部を温め、胃内停水を除き嘔気を止める「半夏瀉心湯」などと、温補薬とみなされる処方に配合されています。
こうしてみると、基原植物はショウガですが、乾燥や蒸すといったひと手間を掛けることによる含有成分の変化が効能にも現れますので、生姜と乾姜の使用に当たっては嘔吐の強いものは生姜(生のショウガが最良)、冷えの強いものは乾姜を用いるといった区別をします。
