日本薬局方(日局、第18改正)には「マオウ(麻黄):EPHEDRAE HERBA」と収載され、基原はEphedra sinica Stapf、E. intermedia Schrenk et C.A. Meyer又はE. equisetina Bunge(マオウ科Ephedraceae)の地上茎と記載されています。
『神農本草経』の中品に収載されており、「表を発して汗を出し、邪熱の気を去り寒熱を除き云々」と、桂皮と同様に辛温発表薬として漢方では欠かせない生薬です。
マオウ(Ephedra)属植物は、植物分類学上は裸子植物に属する最も特殊化した植物群の一つで、中国東北部、モンゴルなどの乾燥地帯を中心に広く分布する常緑小低木で、世界に約50種が確認されています。舐めるとわずかに舌に痺れ感(麻痺性)があり、根が黄褐色のため麻黄と名付けられたといわれます。
日局では3種が記載されていますが、実際に流通しているものは主に中国の吉林、遼寧、山西、内蒙古などに自生する草麻黄(E. sinica)と一部E. intermedia(中麻黄)に由来するものです。換算した乾燥物を定量するとき総アルカロイド(エフェドリンおよびプソイドエフェドリン)を0.7%以上含むと規定されていますが、一般に生薬の品質は基原植物や生育環境に大きく依存しますので、より良い生薬を選んで用いることは効能を左右する大きな要因になります。
成分としてアルカロイド、フラボノイド、タンニンなどを含みます。主成分のエフェドリンの化学構造はアンフェタミンおよびアドレナリンに類似しており、その主な薬理作用も基本的にはアンフェタミンに似た中枢興奮作用とアドレナリンに似た交感神経興奮作用です。一方、抗炎症作用は主にプソイドエフェドリンによります。エフェドリンは1885年に東大の長井長義博士らによって単離され、構造式が決定された漢方生薬で初めてのアルカロイドです。その後、1924年に鎮咳作用が発見され、喘息の特効薬として世界中に広まりました。
性味は辛苦・温、帰経は肺・膀胱で、発汗し感冒を治す、止咳・止喘する、湿を除き筋肉関節痛を治す、利尿し浮腫を除く効能があるので、発熱・悪寒・関節痛を伴う感冒で無汗のもの、頭痛、鼻炎、リウマチ、神経痛、咳嗽、喘息、浮腫などに応用されます。なお、発汗作用は生薬の中で最も強いため、汗をかきやすい状態(表虚証)には原則として用いられません。
麻黄を主薬とする麻黄湯は『傷寒論』に収載され、桂皮、甘草、杏仁が加わった4種類の構成生薬からなりますが、その条文には「太陽病、頭痛、発熱、身疼、腰痛、骨節疼痛、悪風し、汗無くして喘する者は、麻黄湯之を主る」と、適応症が記載されています。これは今日でいうインフルエンザの症状に適合します。近年、病院でインフルエンザと診断されると抗インフルエンザ薬と一緒に麻黄湯が処方されることがあります。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の際にも麻黄湯が処方されるといったこともありました。これは、経験的に麻黄湯が有効であることが認められ、関連する論文も複数報告されているからです。
配合応用として、麻黄+桂皮は強い発汗作用によって感冒を治す「葛根湯、麻黄湯」、麻黄+杏仁は咳嗽喘息を治す「麻杏甘石湯」、麻黄+細辛は体を温め発汗力を高め、悪寒の強い感冒および咳嗽を治す「麻黄附子細辛湯、小青竜湯」、麻黄+白朮は体表の湿を除き、浮腫および関節痛を治す「越婢加朮湯」などと、発汗去風薬、鎮咳鎮喘薬、水腫・浮腫・関節水腫の治療薬とみなされる処方に配合されています。
麻黄剤は使い方を誤ると直ちに副作用が出ますが、これは麻黄に含まれるエフェドリンの中枢興奮作用によるもので、過剰摂取するとエフェドリン中毒になる恐れがあります。一般には狭心症・胃十二指腸潰瘍の既往歴のある人には禁忌です。高血圧・前立腺肥大のある人など高齢者には慎重に投与し、血圧上昇・尿量減少などが見られれば直ちに中止しなければなりません。また、胃腸の弱い人にも慎重に投与し、食欲不振や胃痛が起これば直ちに中止します。不眠や神経がイライラするという場合にも中止です。
因みに、エフェドリンから合成されるメタンフェタミン(ヒロポン)は覚せい剤として有名です。紀元前7世紀、古代ペルシャで信仰されたゾロアスター教の拝火の儀式の「ハオマの酒」はカスピ海沿岸を原産とする麻黄の搾り汁(向精神作用がある)といわれています。アメリカなどではエフェドラと称してダイエット用に用いられましたが、危険性が指摘されて多くの国で禁止されました。
我が国ではエフェドリンを10%以上含むものは、「覚せい剤取締法」で覚せい剤原料に指定されており、栽培が規制されています。その利用も規制され、食品への使用は禁止されています。
現在、中国は天然資源の保護の観点から麻黄の輸出を禁止しており、我が国には便宜的に加工品として供給されています。
