日本薬局方(日局、第18改正)には「ケイヒ(桂皮):CINNAMOMI CORTEX」と収載されており、基原はCinnamomum cassia J. Presl (クスノキ科Lauraceae)の樹皮または周皮の一部を除いた樹皮と記載されていて、辛温発表薬として漢方では欠かせない生薬です。

 本植物は中国南西部およびベトナム北部に分布し、栽培されている常緑高木で、古くから薬用、香料として世界各地で用いられ、『神農本草経』や『マテリア・メディカ』などにも記載され、古代エジプトでは没薬などの香薬とともにミイラを作るときに用いられていました。日本へは8世紀頃、中国から遣唐使らにより伝えられたものが正倉院の『種々薬帳』に「桂心」という名前で収蔵されています。

 『神農本草経』の上品には「牡桂(ぼけい)」と「菌桂(きんけい)」として収載されており、李時珍の『本草綱目』では「牡桂は肉桂の皮の薄いもので、更に薄いものが桂枝である。桂とは肉桂であり、菌桂は柿の葉のよう云々」と、桂皮については原植物、呼称、産地、薬用部位、薬用か香料かの違いなど、これまでに種々の説があります。実際、桂皮の異名別名には桂枝、肉桂、桂心、牡桂、紫桂、玉桂などがあるように、C. cassiaの地域変異と考えられる類似した植物が多く、分類的にも1種ではないと考えられています。

 我が国では基原植物は桂皮の1種類としてのみ規定し、樹齢6~7年の比較的若く樹皮の薄い樹のものが用いられていて、品質は辛味が強く甘味もあり、渋味の少ないものを良品としています。現在、我が国で流通している桂皮は中国産とベトナム産が中心ですが、それぞれ成分や味に特徴があり両者の区別は容易です。流通量の多いベトナム桂皮は、通例、半管状または巻き込んだ管状の皮片で、外面は暗赤褐色、内面は赤褐色を呈して平滑で、特異な芳香があり、味は甘く、辛く、後にやや粘液性で、僅かに収斂性があります。

 中医学では桂皮と桂枝(若枝)を区別しています。肉桂は桂皮の肉厚のものをいい、発表作用よりも強壮作用に力点を置き、利用上では桂皮とは呼ばずに桂枝と肉桂とを区別して用いています。一方、漢方では桂皮を桂枝と肉桂のいずれの場合にも応用し、両者の効能を合わせたものとして認識して用いています。

 成分としては精油(1~3.5%、主成分はシンナムアルデヒド)、ジテルペノイド、カテキン類、タンニンなどを含みます。

 性味は辛甘・温、帰経は膀胱・心・肺で、古くから体を温める温熱作用があるとされ、発汗・発散作用、芳香性健胃作用を持つ生薬として利用されています。また、鎮静、鎮痛、抗菌、血圧降下、覚醒、胆汁分泌促進、抗ストレス効果があるといわれています。さらに、中枢神経系の興奮を鎮静し、水分代謝を調節し、体表の毒を去りこれを和解する作用があるので、頭痛・発熱・のぼせ・感冒・身体疼痛などに応用されています。

 桂皮を主薬とする「桂枝湯」は、1800年前の最古の医学書『傷寒論』の最初に出てくる重要な基本処方で、諸処方の基本となるものです。配合応用として、桂皮+麻黄は強い発汗作用によって感冒を治す「葛根湯、麻黄湯」、桂皮+芍薬は体表の衛気を調え発汗を抑制する「桂枝湯」、芍薬を倍量にすると腹痛を治す効能が現れる「桂枝加芍薬湯、小建中湯」、桂皮+附子は寒湿の邪による神経痛、リウマチ、関節痛を治す「桂枝加朮附湯」、桂皮+牡蠣は気の上衝・不調和により起こる煩躁・動悸・不眠を治す「桂枝加竜骨牡蠣湯」、桂皮+桃仁は瘀血により生ずる冷え症・生理不順・生理痛・血行不順を治す「桂枝茯苓丸」などと、かぜ薬、鎮痛鎮痙薬、解熱鎮痛消炎薬、動悸抑制薬、保健強壮薬、婦人薬、芳香性健胃薬とみなされる処方に高頻度で配合されています。

 桂皮を含む医療用漢方製剤には過敏症として発疹、発赤、瘙痒などに注意するように指示されており、このような症状が現れた場合には投与を中止します。

 なお、スパイスのシナモンはスリランカに自生する「セイロン肉桂:C. verum」の若くて細い枝の樹皮で、桂皮と比べると香りが強いので、香辛料としてカレーからお菓子まで幅広く利用されています。ニッキは日本固有種のニホンニッケイ(日本肉桂:C. sieboldii)の根皮で、かつては「日本桂皮」として日局に収載され、かつ銘菓の八ツ橋やニッキ飴などの和菓子の製造に利用されましたが、現代においては医薬品、食品原料としての流通はほとんどなくなりました。

桂皮